内藤耳鼻咽喉科医院|東武野田線鎌ヶ谷駅東口より徒歩1分の耳鼻咽喉科

東武野田線鎌ヶ谷駅東口より徒歩1分。耳・鼻・のどの諸症状は当院までお気軽にご相談ください。

2018年2月23日(金) マスク その1

スギの花粉が飛び出しました。私は2月10日から薬を飲み始めました。
スギ花粉症を発症して20年余り、毎年毎年、何ともばかばかしいと思いますが、仕方ありません。毎年症状がなくても、10日から飲むと決めています。油断をしていると、花粉症の症状は突然ひどくなり仕事に支障を来します。患者さんを1人診察するたびに自分自身が毎回鼻をかむようになってしまうのです。

私は普段、ほとんどマスクをしないで診察を続けています。先日やってきたインフルエンザの男の子に「先生はどうしてインフルエンザにならないの?」と聞かれました。なかなかいい質問でした。一応季節前には自分でインフルエンザワクチンを注射していますが、それがどの程度予防に役立っているのか?

売店で購入したマスクには花粉・ウイルスもブロックと書いてありましたが、本当かな? 花粉に対しては十分体験済みですが、もっと粒子が細かいウイルスを防げるだろうか? 隙間からいくらでも入ってきそうです。耳鼻科という仕事柄、私は患者さんの顔とかなり接近した状況にあり、毎日のように鼻水、ツバ、痰が顔に飛んできていますが、かえってその事が私の免疫機能を密かに押し上げているのではないか、と思っています。ですがこの時期、患者さんの出入りが花粉を巻き上げているようで、それは私にとって最悪でとても防ぎきれません。近日中にマスクをして診療することになりますね。まちがいありません。

2018年02月23日 00:00

2017年12月26日(火) 遅くなりました。休診のお知らせです。

すっかり忘れていました。
年末年始の休診は以下の通りです。

12月29日(金)から1月3日(水)
1月7日(日)から1月10日(水)

実は私はパソコンが苦手です。ほとんどいじれません。
医院にも、何台かパソコンが稼働していますが、私はスイッチもさわったことがありません。
先日も、ついていたスイッチを切ったら、いけないことになってしまったらしく、スタッフの1人に何も触らないようにと怒られてしまいました。

このホームページは15年近く前に息子が中学生の頃に面白半分で作ったものです。この気まぐれ日記だけはやり方を聞いて書き込めますが、お知らせ欄は息子が書き込んでいました。

ところが、今年の4月から息子が独り立ちをして、某大学で耳鼻科医のトレーニングを開始しました。時々帰ってくるのですが、指示を忘れていました。

今私が出来ることはこれだけです。最近のアクセス数が100を越えていますね。申し訳ありません。これからも息子に頼るのは無理がありますので、ホームページは業者に管理をお願いしようと頼んでいたところでした。

ところで、ここまで読んでいただいた方にお知らせです。
20年余り前の投稿ビデオ番組「あんたが主役」、息子が主役です。今でも笑えます。興味がありましたらDVDをお貸しいたします。来院時にでも声を掛けてください。

2017年12月26日 00:00

2017年05月14日(日) 開院して四半世紀

鎌ケ谷で開院して5月18日で25年・四半世紀が経ちます。これまで大過なく診療を続けて来られました事、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

それまでの私の地盤?は北海道でしたので、開院当初は戸惑うこともしばしばでした。その原因を端的に述べれば、気候風土と人口密度の違いだと思っています。北海道の方が都市部では医療体制や生活環境は整備されていると感じます。なぜなら余りいい加減なことをしていると凍死してしまうからです。千葉は比較的温暖な気候で滅多に凍死はしません。街が出来る前から人が住んでいました。しかも沢山の人が。暖かい方が気持ちも軽くなるのですね。
 また、北海道にはスギの木がありません。スギ花粉症の事は当然知識として知っていましたが、所詮対岸の火事でした。季節になると、こんなにも患者さんがやってくるとは想像以上でした。しかも開院して4~5年経ちましたら、私自身がスギ花粉症を発症してしまい、それ以来毎年毎年20年、2ヶ月間は抗アレルギー薬を使い続けています。呆れるやら腹が立つやら!近年、スギのエキスを舐める治療が世に出ましたが、私は今のところ舐める気はしません。これからも目薬、スプレー、内服薬でしのぐつもりです。

開院当初、娘は鎌ケ谷市立中部小学校へ、息子はふじ幼稚園へ通っていました。娘には昨年子供が出来て、私は本当のお爺さんになってしまいました。目も老化するはずです。30代までは、鼓膜切開も裸眼で出来ましたが、今では何でも顕微鏡です。ハナの中、口の中までも顕微鏡で見ることが多くなりました。一方、開業医になって、耳掃除は上手くなりました。耳の病気は、まず耳垢を除去しないと話にならないのですが、耳の中は結構痛いし、すぐに血が出ます。幸い今のところ私の指先、手は震えません。耳鼻科医として最後までやれる仕事は耳掃除ではないかと思うようになりました。息子も耳鼻科医の道を歩み始めました。知識量ではとてもかないませんが、私のハンドパワーの方が、当分の間はまだまだ勝っているものと思われます。

先日電車の発車時刻が迫っていたので、階段を颯爽と1段抜かしで駆け上がりましたところ、最後の一段で足が上がりきらず、四つん這いに転んでしまいました。電車には間に合いましたが、手足が痛いやら、周囲の人が見ていて恥ずかしいやら。まあ骨を折らずにすんでよかったという事でしょう。開院以来、体調不良で急遽休診にしたのは2回(二日ではない)だけでしたが、今後はこれまでとは違うだろうなと不安が広がります。

“医者と坊主は年寄りがいい。”
“医者と味噌は古い方がいい。”

そんな格言?に従い、これからもやれるところまで、それなりに仕事を続けるつもりです。

2017年05月14日 00:00

2016年08月03日(水) クソッ その後その2

7月13日の水曜日、午後2時半から痔核根治術を某肛門科でやっていただきました。手術は10分程度、おしりを突き出した形で腹ばい状態。後ろで何かもそもそやっているな、という程度で意外にすんなり終わりました。1時間休んでまだ鎮静剤が抜けてないという雰囲気のまま帰宅しましたが、それからが大変な日々の始まりでした。3日間はだいたいジュースで過ごしましたが、立っても座っても痛い。鼻をかんでも咳をしてもズッキーンと差し込む痛さでした。それでもウンコは出ます。トイレが地獄の3丁目でした。ウンコを出そうとする大腸直腸連合軍の前に肛門様が立ちはだかり、私の頭の中はパニック状態に陥りました。

この手術、結紮切除術・半閉鎖法というそうです。つまり痔核を切除してそこを縫うのではなく縛るのです。縛ればその先の組織は腐ります。半閉鎖法というので肛門側は半分開放創になっているのです。開放創であれば痛いです。そこから腐った後の浸出液が今でも出てきます。出すためにわざわざ開放創にしてあるのです。手術当日、当てガーゼが200枚出されました。そんなに必要なのかと思いましたが、毎日4~5回換え続けて3週間が経過、紙おむつもはいて暮らしています。まあ、我ながらびっくりの毎日が続いておりますが、紙おむつって意外に快適だと変なところで感心しています。超薄型っていうやつですが・・・。

7月31日・日曜日、鎌ケ谷市医師会の音楽会がきらりホールで開催されました。今年で10回目になります。私は特に宣伝はしていませんが、第1回目から参加しています。今年の演目は、ベートーベン作曲、「運命・第一楽章」。交響曲をピアノで弾くとは漫画の世界ですが、そんな楽譜もあるのです。手術して2週間あれば、すっきり治して演奏に専念できるだろうと考えたのがウンの尽き。いったいいつになったらすっきりするか、こんな「運命・第一楽章」が待っていたのでした。

今日、休診日でしたのでその肛門科へ行き、注入軟膏がさらに2週間分出されました。こんなことで今年の夏は終わりそうです。

2016年08月03日 00:00

2016年07月29日(金) クソッ その後その1

「その後」の内容には2つの事が含まれていますが、ここには1つ目を書いておきます。それは駐車違反のその後です。

5月のことになりますが、仕方ないので5月末の五本松小学校の検診の後に鎌ケ谷警察に行ってベン解の余地、つまり言い訳を聞いてもらい、あわよくば始末書程度で済まないか、と考えていました。車の免許を取って40年以上、いろいろ捕まりましたが、あるとき、 「免許不携帯、一時停止違反、サンダル履き運転」 で捕まったことがあります。

3つも違反が重なり高い反則金を覚悟しましたが、始末書ですんだ遠い昔の記憶がよみがえりました。その線でいけないかな、などと淡い期待を巡らしていたところ、何日かたって、振込用紙が送られてきました。違反金は15000円、結構高いですね。

そこにもムニャムニャ書いてありましたが、とりあえず車の持ち主に振込用紙を送って、その金を振り込めば違反はチャラにするというような話でした。なるほど、犯人は特定されていないので、このような手できたのかと、妙に納得。

変に警察に出向いて不快な思いをして点数を減らされるより、この方が簡単。警察に出向いても同じ金額なのかちょっと気になりましたが、早速振り込みました。今のところ免許はゴールドなので、傷がつかない方が更新の時に楽だろうと考えたわけです。
駐車違反では初めて捕まりましたが、変わった規則だと感じた次第でした。

2016年07月29日 00:00

2016年06月19日(日) クソッ!

駐車違反で捕まってしまった。場所は何と私の医院のまん前。ここはよく見回りが来ているので、患者さんにも気を付けて、と言っていた自分がシールを貼られてしまうのだから何とも情けない。

事の顚末はこうだ。
 5月11日・水曜日、この日は休診日だが、学校検診の日にあてていた。午前中は二中。朝は9時から1年と3年・500人余りの診察だった。右耳、左耳、鼻、口といった順番で診察し、異常があれば病名を記録者に告げ次に進むと言った塩梅で、1人につき約20秒前後で進んでいくのだが、なかなか思い通りに事は進まない。
いつもの事だがまず、生徒が私の前に寄って来ない。床には足形が書いてあるのに警戒してその前で立ち止まってしまう事が多い。そこで私は生徒の右腕をつかんで引きよせ、診察を始める。そして、約20秒の診察が終わったら素早く移動してほしいのだが、これまた移動しないで立ったままの場合が多い。そこで今度は脇腹を押して、退場を促す。これを500人にやると、結構腕がなまる。特に中学生は重い。
終わったのが12時過ぎ。いつもならそこで給食を頂くか、適当な所で昼食を取り、そのまま午後の南部小の検診へ向かえば何も問題はないのであるが、この日は体調が悪かった。下痢気味だったので、給食は失礼してわざわざ医院に戻ってきて前の道路に車を止め、2階の医院へスタスタと上がって行った。

これがウンのつきだった。

あまりおおやけにしたくはないが、私は痔主である。イボ痔ってやつで、来月13日には日帰り手術を受ける予定になっている。今度は本当に切って縫う手術が予定されている。そんな肛門様なので、最低限ウオッシュレットがないと用は足せない。そして最後は手術用のゴム手を左手にはめて、そのイボをグイッと押し込まないと不快感が局所に挟まったままになるわけで、午後の検診がうっとおしくなるのは明白。一連の行動は5分では無理で、15分ほどかかり、ヤレヤレなんとか南部小には間に合うなと思いながら出てきたら、しっかりとシールが貼られていたのであった。きっとどこかに潜んで、カモがやって来るのをじっと待ち構えていたのだろうな。
次回は医院には戻らず、近くの花壇で野グソを垂れるしかないと、感じた次第である。クソッ!!

2016年06月19日 00:00

2015年01月07日(水) 行ってきました

けっこう痛かったなあ。
パカッと空けてグイグイ、ギュウギュウ何かを突っ込んで はい!一丁上がり!という感じ。

私はエビのように背中を丸めて、ウムムムムッ!
行く前より痛くなった、と愛妻に文句を言いながら風呂に入りソロっとその部分を触れてみましたら、あらっ!?なくなってる? 
そういえば、帰り際
「とにかく押し込んでしまう方がいいんですよ。」
と言ってたっけ。

すっきりとした菊の花のような
肛門に触れる事ができ、嬉しくなりました。
久しぶりにまともに歩けます。あの人は名医です!!

明日のトイレが難関ですね。パスしたい心境です。

2015年01月07日 00:00

2015年01月02日(金) 新年早々困った事になりました

また、内痔核が再発してしまいました。
この気まぐれ日記を振り返ると、2010年9月に当時の状況が書かれています。痔という漢字は「ヤマイダレ」に「寺」と書く、その心は寺に入るまで治らない、その昔予備校の先生が言ってました。
去年秋ごろから何か変だなと感じてはいたのですが、12月30日、今年の釣り納めとしてアジ釣りに出かけてから急激に悪くなりました。前回は出っ張って来た痔核は押し込めば中に入ったのですが、今回はダメです。嵌頓(かんとん)状態です。

友人の外科医にメールを送ってみると、酒は飲むな、風呂に浸かっていろ、清潔にしろ、椅子に座るな、そのうち良くなる、でした。そのうち良くなる、は希望の光ですが、正月というのに3時間は風呂に浸かっています。のどが渇きますが、ビールではなくて水で我慢です。

今日の夕食は某ホテルでバイキング料理の予定でしたが、私は留守番です。血が滲みますので、老人用の尿漏れ防止ナプキンを当てています。何とも情けない。

というわけで、来週肛門科へ行ってきます。なるべく水曜日を利用するつもりですが、痛みや出血で急に休診になる事も予想されますので、このホームページのお知らせ欄でのご確認をお願い致します。

2015年01月02日 00:00

2012年07月06日(金) 人生は、20年が4回と考えるのかな?

今年の5月で、鎌ヶ谷に開院して20年が経ちました。

月並みのようですが、長いようで短かった20年でした。
唯一最大の幸運は、これといった病気もせず、健康でやってこれた事だと思います。
人生、今まで20年という時間が3回あったわけですが、感覚的には、生まれてからの20年間が一番長かったように思います。次の20年間は大学に入ってからの知識と技術の取得のための時間でした。なが~い坂道を自転車でえっちらおっちら登って来たようなものです。
大学入試、大学の卒業試験、学位審査、その直前3ヶ月間だけはパワー全開、自転車立ちこぎで頑張りましたが、あとは“それなり”で何とかなりました。

さあ、最後の20年間、これからは下り坂をほとんどこがずに、ゆるゆると進みたいと思っています。なにしろ頭も目も随分ぼけてきました。5分前の事も忘れます。柔軟性や適応力にも問題が生じます。

もう余分な事はしたくないのですが、医師会に20年もいると、色々面倒な雑用も降りかかってきます。
時々休診にもなりますので、お知らせ欄などでご確認下さいませ。

2012年07月06日 00:00

2012年01月04日(金) スタッフ募集

最後に気まぐれ日記を書いてから、1年以上が過ぎてしまいました。時々患者さんから更新されていませんね、などと言われながらも、触りもせずに時間だけが流れました。ではなぜ今回この日記を書くようになったのか、それは昨日スタッフ募集の広告を出したからに他なりません。最後の日記があの病気の話ではさすがにちょっとね、と思い直したからです。

募集広告も時代とともに変化するもので、私はほとんど時代から乗り遅れよくわかりませんが、インターネットからでも簡単に募集内容やホームページが見られるのだそうですね。そこで最新のこの日記には、ついでに募集案内を載せておこうという、目論見もあるわけです。医院を開院して早いもので、5月には満20年になります。勤務医から開業医に変わって、一番戸惑った事は人事、すなわちスタッフの確保です。そんなことは大学卒業以来、どこにいても習った事はありませんでしたので。

これまで広告会社、口コミ、ハローワークなど色々な方法で募集をしました。合計すると何人の応募者と面接したことか、三桁になる事は間違いありません。現在、当院には常勤とパートとの方、合計9人のスタッフに仕事お願いしています。9人いれば1年に1人くらい、都合で退職される人は出てくるもの、そんな覚悟が出来るには開院して10年経った頃からでした。

鎌ヶ谷市医師会では市内の病院10年勤めると表彰されるという規定があり、さらに、20年勤めると千葉県医師会からも表彰されます。鎌ヶ谷市で20年表彰を受ける方は毎年数人程度です。病院とは女性主体の職場ですから、なかなか10年も固定しているというのは多くはないのかもしれません。当院には10年表彰を受けたスタッフが3人います。10年選手になると、診療中は目で話せるようになるので大変助かります。面接の際には、10年とは言わないまでも、3年は働いて下さいね、とお願いするようにしています。

女性、25歳位まで、短大卒以上、としておきます。興味のある方は昨日(3日)に新聞折り込みに載せたアイデムをご覧ください。携帯でも検索できるようですが、私は操作がわかりません。悪しからず。不明な事がありましたら、当院受付までお問い合わせください。

2012年01月04日 00:00

医療法人社団 弘翔会 内藤耳鼻咽喉科医院

〒273-0137
千葉県鎌ケ谷市
道野辺本町1丁目3-1
カーラシティ鎌ケ谷2F

院長 内藤 義弘

TEL 047-443-3387

駐車場

駐車場あり

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