院長の気まぐれ日記

202004
2020年4月26日(日) アベノマスク

 最近ヒマである。理由は明白。コロナが不気味だからである。政府も、病院はなるべく行かずに、自宅待機で様子を見るよう指導している。耳鼻科は患者さんとかなり接近して診察をするものだから嫌われているようだ。特に医者が怪しがられている。そんなことを眼科の先生に言ったら眼科の方がもっとです、とおっしゃった。確かに眼底を覗く時などはそうかも知れない。

 ヒマつぶしに駅前のロータリーを眺めていると、いろんな現場を目撃する。まずは駐車違反の取り締まり。ここにはしばしば「取締官」がやってくる。彼らにしてみればここは絶好のポイントなのだろう。

その昔、北海道で渓流釣りをやっていた頃、行けば必ず良型のヤマメが釣れたポイントがあった。彼らにしてみれば、このロータリーはそんな場所と思っているに違いない。タイミングが良いと、2匹、3匹と続けざまに釣り上げる事が出来るのだから。この日は堂々とパトカーで乗り付けていたが、バイクでやってくることもある。お手軽“釣行”だ。私がこうして撮影していたと言うことは、この時当院の関係者が被害に遭っていたわけではないのだが、いまいましい。以前、学校検診の合間にトイレ(大の方)に立ち寄ったら、捕まってしまったことを思い出した次第である。

 2枚目の写真は、下の薬局でマスクを売り出すという話が伝わり行列を作る人々だ。殆どは「本日マスクの入荷はありません」という表示が店の前に張り出されているが、たまに売り出しているようだ。ご近所なんだからこちらに優先的にくれても良さそうなものだが、全くない。いや、実は最近消毒用アルコールを一本もらったから、そんな悪口を言っては失礼だな。それにしてもマスクが高騰している。こうなる前なら1枚数円だった使い捨てマスクが数十円、中には百円近いものまで登場している。FAXも届いた。1枚80円で、千枚単位ですと。ビックリした。まだ届かないアベノマスクに期待しようか?!いや、ゴミ混入だの、カビ発生だのと騒がれているから、当分無理だな。我慢の日々が続く。

 

201908
2020年3月23日(月) 自粛生活

 スギ花粉症のピークだ。私は外出時、こんな格好で歩いている。時々出会う知人には怪訝そうな顔をされ、次に笑われる事になっている。眼鏡、マスク、ツルツルの上着、さらには帽子をかぶることも推奨されているが、そこまではしていない。今年の飛散量は例年の平均以下だそうで、私にとっても楽なシーズンとなっているが、そんな花粉の話は今やほんの小さな出来事となってしまった。

 コロナ一色。それこそみんなマスク姿だ。マスクは大気中にある様々な浮遊物をそこでブロックし、気道への侵入を防いでくれるわけだ。(ついでに、鼻毛だってそこそこ役に立っているのでむしり取るのはよくない。)

 その昔、解剖実習で肺組織を見て結構汚れているものだと感じた記憶が残っている。肺は洗濯に使うスポンジみたいな臓器で、肺の一番奥の肺胞と呼ばれる部分で酸素を取り込み、二酸化炭素を排出するというガス交換が行われている。そこのところにゴミがたまると、痰と一緒に全部出すのはなかなかむずかしそうだ。加齢とともにだんだん蓄積されることになる。そんなゴミの一部をマスクがブロック出来れば、気道にとってちょっとした有用な小道具となる。

 それにしても、みんなマスクをして歩く街、電車の中、東武デパート、端から見るとちょっと異様な光景だがこの“流行”いつまで続くか。夏になれば暑いし、飽きて装着率は相当少なくなると思うが・・・?

 医院の入り口にアルコールハンドジェルを置いた。日頃使用しているウエルパスを置こうとしたが在庫が1本だけ!スタッフが慌てて注文したが欠品中。1週間経ってもない。ようやく市販品を見つけてとりあえず置いてみた。割と好評だ。    医師会からマスクの在庫状況についてのファックスが回ってきた。数えてみたら600枚くらいあったので、「4月下旬まである」という項目に○を付けて返送したが、その後でしまったと思った。「そろそろ底を着く」に○を付ければ、特別に支給されたかも知れないなと後悔した。

 12日・木曜日の夜、医師会で新型コロナウイルスに対する講演会があった。さすがに眼科や皮膚科の先生は見かけなかったが、30名余りが集まった。入り口では早速、事務局の川崎さんからアルコールを吹き付けられた。医師会の会合はしばしばあるが、こんなことは初めてだ。千葉県医師会と鎌ケ谷市医師会の公衆衛生担当理事がそれぞれ講演をした。内科や小児科の先生は切実で色々質問が出て、予定終了時刻を30分オーバーした。私も、致死率3%という統計の母集団は何か、重症者が主体ではないのかと質問したかったが遠慮しておいた。

 16日、医師会から28日の医師会総会を中止にし、同封の議案の賛否を返信するように、という手紙が届いた。総会など毎年参加者は、現執行部、元執行部経験者、新入会員くらいで20名も集まらない。その後の宴会は自粛するとしても、総会くらい普通にやればいいのに何に対して気を遣っているのか?「総会とはそんなものかい。そうかい、そうかい。」と皮肉を書いて返信した。

201908
2020年2月25日(火) コロナカフンマスクスマホ 意味通じるか?

 電車に乗って周囲を見渡すと、7~8割の乗客がマスクをしている。目の前の座席に座った人全員がマスクをしていたこともあった。マスクをしていなかった人は、マスクが手に入らなかった残念な人だったのかもしれない。マスクをしてスマホをいじるのが車内の定番となってきた感がある。かくいう私もマスクをしている。その理由は保温加湿、それと花粉症対策だ。スマホは殆どいじれない私なので、時代遅れの人間になって生きている。

 テレビでは外出時はマスクを、帰ってきたらうがいと手洗いを、と盛んに呼びかけている。間違いではないが、そんなことでウイルスを排除することなど、とても無理な話だ。花粉の1/100、PM2.5より小さいウイルスは、どこかに寄生していかなければ生きられない生物?だ。簡単にマスクの目から飛び出して、浮遊しながら生体に取っ付くのであろう。その昔、勤務医時代、手術前の手洗いはそれなりに丁寧にしっかり洗うように指導されていた。消毒薬入りの石けんでプラスチック製のたわしを使って、ゴシゴシ洗った。指間や爪の間は特に入念に。そして精製水で洗浄後、肘まで超音波洗浄機に付けてチリチリやったものだ。はたして少なくとも1分、石けんを手にして揉み続ける家庭はどれくらいあるだろうか。

 来月初めに予定されていた医師会旅行が中止になった。例年秋に行われるはずの旅行が台風接近のため中止となり、その代わりの旅行が、コロナウイルス接近のため中止になった。土曜午後からの伊香保温泉バス旅行がそんなに危険なものか?バスが危ない?旅館が危ない?温泉が危ない?2週間豪華客船に閉じ込められるわけでもなく、なんか変だなと、ノー天気な私はそう思うのである。

 2月15・16日と横浜で気管食道科専門医大会が開催された。気管食道科、聞き慣れない科で特に開業医にはいらないような標榜科だ。載せるとなると、「内藤耳鼻咽喉科気管食道科」こんなになってしまう。やはりポイント制で、決められた以上のポイントを稼がないと専門医が更新されなくなってしまう。特に役には立っていないが…。

 タイムリーに花粉症の話とウイルスの講演があった。花粉症は鼻や目だけではないので“気管”食道で話してもいいわけだ。内服薬の話に加えて免疫抑制剤の注射薬が承認されたことも話題にしていた。花粉症に免疫抑制剤だなんて、私はいやだがね。

しかも1回の注射代が3割負担で7500円以上(体重・血液検査データで変わる)、データが凄いと1回の注射で5万円だ。びっくりしちゃうよ。開業医は関係ないと思っていたら、数日前に私の医院に問い合わせがあったと言うから二度ビックリ。その薬品名もゾルゲだかゾンビだったか忘れたが、気味の悪い名前であった。
それとコロナウイルスの話。演者が、なぜ武漢から広まったのか疑問だと話していた。インフルエンザウイルスはシベリアから渡ってきた鳥の糞に含まれて持ち込まれる。そしたらコロナウイルスはどこから何なのか???なるほど不思議だ。

 今回もランチオンセミナーがあり弁当が支給された。学生時代に、牛乳を飲みながら講義を聴いていたポン友が泌尿器科の助教授に見つかり「出て行け!」と怒られたことがあったが、時代は変わった。時間節約。会費1万円なんだから、このくらいのサービスがあって当然か。

 久しぶりに「ホテル・風の抄」に行ってきた。ホテルからかすかに東京スカイツリーが確認できた。100キロ位離れているはずだ。周囲を見回すと、台風から半年経つにもかかわらず、ブルーシートで覆われた家屋が目に付いた。修理に手が回らないのか、お気の毒というしか言葉が見つからなかった。

 

 

201908
2020年1月27日(月) 日本人は初日の出と富士山が好み?!

 もう早、1月が終わろうとしている。歳を取るのが早くなっているように感じること自体、老人になったと言うことだろうか?

今年の日の出は三浦海岸の“マホロバマインズ三浦“の屋上から拝んだ。

老人性早朝覚醒の私は、せっかくだから日の出をバッチリ収めようと6時半には屋上で待機していた。20分後にようやくこんな感じになった。結構冷えた。屋上に、ほかに人の姿はなく部屋に戻ってそのことを家内に伝えると、「あーた、バカね!13階に展望室があるのよ。」自分でもバカだったと情けなく思った。

屋上からは、東に房総半島が、西には富士山と伊豆半島が見えた。このホテル、元々は巨大なリゾートマンションだったようだが、潰れてしまったのだろうか? そんな造りのホテルになっていて、普段なら1泊1万円以下で泊まれるらしいが、さすがにお正月だとその倍以上だ。元マンションなので部屋は2LDKとやけに広いが、玄関扉を開けると真冬の風が吹く。大浴場には浴衣で行って失敗だったので、朝風呂は部屋付きのユニットバスで済ませた。ご一行様、我々も親戚などと10人で泊まったが、グループ旅行ならまあいいかも知れない。夕食はバイキングで、家族連れ多く騒々しい大晦日となったが、さすがにマグロの刺身はまずまず旨かった。

医院は1月6日から仕事始めとなった。例年並みのインフルエンザと、今年は暖冬の影響か、ちょっと鼻が変だと感じて、スギ花粉症の患者さんが早めにやって来る傾向がやや目立つ。私の鼻はまだ大丈夫だが、混み合う2月3月はなるべく避けて、というご配慮がうれしい。今年のスギ飛散は例年の6割程度と少なめという予想だが、今から変に感じる患者さんにとっては、少ないも多いもないね。毎年のことだが、2月10日がシーズンインで、3月10日あたりがピーク。私は毎年2月10日から薬を飲むことにしている。もう20年以上。老人になると反応が下火になるという話はあるが、私の鼻はまだ若いらしい。一方、「老人性鼻漏」という病名もある。それだとちょっとまずいな。

先週の日曜日(19日)は千葉市のホテル会場で、耳鼻科の地方部会が開催された。船橋医療センターの宮田先生が、難治性の口腔咽頭潰瘍に、痛風の治療薬であるコルヒチンが効いたという口演をしていた。初耳だった。勉強嫌いの私でも、講演会や学会に参加すると耳学問でも少しは知識が増える。

昨日は音楽同好会の新年会が「はな善」であった。今年の音楽会は8月30日(日)、きらりホールで開催されることが決まった。抽選でその日が取れたそうだ。私としてはここに記載することさえ躊躇する事だが、出来れば市の広報に載せてもらおう、などという話が持ち上がっていた。私は反対したが、多数決。会長という名の私は、ただのお飾りである。

 

201908
2019年12月25日(水) たかが綿棒、されど綿棒、耳鼻科医の独り言

 12月も残すところあとわずか。例年以上に紅葉シーズンが長く続いたように感じたが、とうとう鎌ケ谷グリーンハイツ周辺のイチョウ並木も丸裸だ。

 気温が下がり鎌ケ谷市内からも富士山がよく見える季節になった。東武線に乗って西側を見ていると、鎌ヶ谷駅周辺は高架になっているため、富士山とそれに絡みつくようにスカイツリーがよく見える。電車が柏方面へ走って行くとスカイツリーの位置が右から左と移動していくのが面白い。鎌中あたりで交差するのだが、慌ててポケットカメラを取り出しているともう遅い。それと、撮影時に気になることが2つ。1つは電線が邪魔。肉眼で見ているときには、自然にカットして遠景を眺めているが、写真を見ると横に何本も走っている電線が気になる。
もう1つは電車の窓が汚いこと。“アーバンパークライン”などというアカデミックな名前に改称したのだから、その辺の整備もしっかりして欲しいものだ。少なくともJRの窓の方がきれいだね。もっとも私のような古いタイプは“野田線”のまま方が好きですがね。

 毎年のことだが、インフルエンザが流行ってきた。先日患者さんに「毎日何人もの患者さんに接していて何で移らないんですか?」と聞かれた。返事は「毎日浴びているから。」とした。仕事柄、毎日顔面に“しぶき”を浴びている。一応予防接種はしているがそんなことより、日々の刺激の方がよほど効果的なのだろうと、勝手に思っている。

 先日医師会からパンフレットが届いた。「インフルエンザかな、と思ったら内科・小児科を受診してね!」ですと。私はムッとしたね。少なくともこれだけは言っておこう。私は上咽頭から粘液を採取する際には、鼻の穴をパカッと広げて、左右を見比べ隙間を見つけ、なるべく下鼻甲介や鼻中隔にぶつからないようにやや湾曲させた綿棒を通して採取していると。この時期になると、ニュースでしばしば現場の映像が流れる。まっすぐな綿棒を盲目的に突っ込んで粘液を採取している。あれじゃあ痛いよな。鼻血も出るさ。盲目的に採取する場合は、左の親指で鼻尖部を上にあげ、鼻孔の下側・鼻底部を這わせるように綿棒を挿入することだ。耳鼻科医にとっては何でもないことだけどもね。

 

201908
2019年11月22日(金) みんなで食べれば怒られない!?

  先週末、名古屋で専門医講習会があり、23日午前中の診療後に参加してきた。2000名余りが参加したそうで、全国四分の一の耳鼻科医が集まったことになる。

 学会も含めこの手の会合は、もちろん新たな情報を仕入れる目的もあるが、写真のように親睦的側面も存在している。

 向かって左が静岡で開業するN氏、右は室蘭で開業するK氏。かつては先輩後輩の間柄だったが、今となっては3人とも60代となり年齢差は誤差範囲で、話題は近年とみに老いてきた事と、昔話に花が咲いた。

 名古屋で開催される全国学会は、だいたい名古屋国際会議場ということになっている。ここは名古屋駅から電車をさらに乗り継いでいくのがちょっと面倒で、何度か来たことはあるが、いつもその道順を忘れ右往左往する。天気はよく、やれやれ釣り日和だなと感じた。じつはこの日、船橋市医師会の釣り会があったのだ。

 24日の、昼前には耳鳴の講演があり第2会場へ行ってみると、外まで並ぶ長蛇の列が出来ていて、その会場は立ち見となった。とても立ったまま1時間聞くにはなれず、第1会場へ移動して聞いたのが、副鼻腔炎の内視鏡手術の話。開業してからの私は、すっかり手術とは縁遠くなってしまったが、内視鏡とパソコンを駆使した映像の美しさには恐れ入るばかりであった。しかもスマホをスクリーンのCRコードにかざすことにより、聴衆参加型の講演となった。残念ながら私には、このような写真を撮るだけで精一杯であったが…。

 この講演の後はランチョンセミナーで、ランチの時間も惜しんで?講演が続けられた。こんな事も昔はなかった現象だ。会場前では、弁当が支給され着席後、膝の上でその弁当を食べ、ある時は講演が開始されてしまうこともあるが、そそくさと食べてその講演に聞き入るというスタイルだ。

時間と昼食代がちょっと得した気分に浸れる講演だが、会場前にはデカデカとこんな看板が立っていた。あららっと、気が引けた一瞬であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

午後からは季節柄インフルエンザのお話。

結論は、残念ながらこれは良し、と感じる予防や治療法はまだ確立されてない。湿度80パーセントを超えると殆どインフルエンザウイルスは飛ばなくなるということだが、全然現実的ではない。近い将来、点鼻の予防薬が出来そうだ。これ、ちょっと耳鼻科的でいいかも。当院でもやるかな!

帰りがけ、名古屋駅でひつまぶし弁当でも買おうかと探したが、ない。

味噌カツと手羽先、どうも今ひとつパッとしないお土産となった。


 

201908
2019年10月31日(木) その昔、番町→麹町→日比谷→東大

  10月4日金曜日、午前中を休診にして、四谷の都市センターホールで開催された日本鼻科学会を覗いてきた。守備範囲が限定されているように思える耳鼻咽喉科だが、その他にも耳やノドやめまい、アレルギー、感染症などいろいろな学会があり、さらにその上には日本耳鼻咽喉科学会総会というのも控えている。

 私が初めて学会発表をしたのは1979年の秋、耳鼻科医になって半年後の仙台で行なわれたこの学会だった。演題名は「鼻閉感と鼻腔通気度との関連」。なにやら雲をつかむような演題であった。だいたい学会発表の初舞台は症例報告が多い。斯く斯く然々の珍しい症例を経験した、といって終了となるのが一般的で、その後の質疑応答で発表者がシドロモドロになると、共同演者の先輩が代わりにマイクを握り返答してくれて丸く収まる、という筋書きである。

 私の場合は鼻の通り具合を数十人測定して、鼻が詰まるという自覚的な感覚とどう関連があるのか、といったような内容だったが、そんなこと新米耳鼻科医にわかるわけもなく、発表原稿は教授に見せるたびに手直しされ、しまいには自分の言葉はほとんどなくなってしまったという記憶が残っている。ただ、その発表は単なる序章に過ぎず、5年後には千人測れという、気が遠くなるような命題が与えられたのであった。まあ、今では懐かしい思い出ではあるが・・・。

 それにしても昔に比べ演題数が飛躍的に多くなったようで、朝は8時から発表が始まる。昼休みにも、ランチオンセミナーと称して、軽食を膝の上に置きながら講演が進められている。ポスター演題といって壁に発表原稿を貼り付けて、それを見ながら議論するというこれも昔はなかった形式だ。耳鼻科医になって5年が経つと専門医試験が待っている。その間学会発表も規定回数をこなさなくてはいけないらしい。いろいろ大変な時代だ。

 学会に出席すると、何かしら、ふ~んとか、へえ~という新発見に出くわすモノであるが、午後の診療に間に合うように、ランチオンセミナーを途中で抜け出し最寄りの永田町駅へ急ぐと、左手に千代田区立麹町中学校を見つけた。

ああっ!これがあの麹町中学校かと、感心した。とても区立の中学校には見えなかった。
 私は開業以来鎌ケ谷中学校の校医をやっている。それなりに愛着もあるが、相当年期が入った校舎である。私が校医をやっている間には改築は無理かなと思うが、ついつい見比べてしまった次第である。

 

201908
2019年09月24日(火) 私のお気に入り「風の抄」、がんばれ!

 館山の洲崎灯台のそばに「風の抄」という写真のごとくの、そう大きくはない旅館がある。20室はないな。特に派手な設備もないが、部屋からの眺めは結構よい。

館山湾・別名鏡ヶ浦から北には大房岬から鋸山。徒歩5分の灯台からは富士山や伊豆半島。南には伊豆大島がこんなに近いんだ、というくらい大きく見える。

その昔、館山道路が開通する前は市原からは一般道路をくねくねと館山まで大変だったが、高速道路が開通してからはずいぶんと快適に行けるようになった。

土曜の診療終了後、午後2時頃に医院を出ても、4時過ぎには到着する。黄色の車は我が愛車「7110」、内藤号である。

各部屋の名前にも趣があり、地元で使われている季節風の名前を付けている。「ならい」、「さがにし」、「鰆東風」などで、ならいは北風、さがにしは忘れたが、たぶん強い西風の事だったかな。さわらごちは読んで字のごとくだ。

風呂上がりの夕食に出される鮮魚の舟盛りが、見た目も美しく大変おいしい。目の前が漁港だし当然かもしれないが、これを食するのが主目的といっても過言ではない。

朝にはトンビの餌付けをするので、7時45分にはトンビもわかっているようで、部屋の窓近くでも旋回し放り上げる餌を待っている。

写真はこの春に撮影したものだ。ウグイスもあちこちで鳴いていたのでその声を頼りに探したが、なかなか捕まらない。ようやく撮れた写真がこれだ。
残念ながら、電線にしがみついていた一羽。声に似合わず、地味で味気ない一枚になってしまった。

今回の台風、もう少し西にずれていたら鎌ケ谷も大きな被害を被っていたように思う。

東武野田線(ニュースではアーバンパークラインとは呼ばないが、この方が通じる。)は9時になっても動かず、医院の窓から見える駅構内は人だかりができていた。

スタッフも通常時刻には集まれず、30分遅れで診療が始まったが、そのくらいの被害で済んだ。今でも南房総は被害が深刻で、この旅館もどうなったか気になっていたが、どうやら営業を再開したらしい。まずはよかった。もう少しして、ほとぼりが冷めたらまた予約を取って土曜の午後、愛車を飛ばして行くつもりだ。

 

201908
2019年08月14日(水) 真夏の夜の夢

 画像は良いね。絵画と違って出来不出来が分からないから。先月の音楽会、とにかく最後の5小節は間違いなく弾けたはずだが、そこにたどり着くまでがぼろぼろだった。あの精神状態でよく間違わずに、止らずに弾けたものだと自分を褒めなくてはなるまい。
DVDが出来てきたが私は見ていない。見たくもない。来年は、時には聴衆に向かって笑顔を振りまきながら演奏をしたいものだ。あえて後ろ姿の画像を載せた。前から見ると、苦虫を噛みしめたような顔で演奏していた。

音楽会なんだから、もっと楽しくなければそれは音楽ではない。すでに来年への構想を練っているこの頃である。

今週の診療は今日だけで、あとは休診だ。昨日も連休で明日からも休みが続きどうなるかなと思って診療していたが、特段混むこともなく、夏休みなので午前中が少し混んで、午後は最後だけ少しバタバタして終わった。

毎年のことだが、夏は病気が治る。なぜか?!耳鼻科の病気は気道に関係していることが多く、高温多湿はむさ苦しいものの、気道の粘膜にとってはかえって都合がよいのだと思う。

鼻のどが調子よければ中耳炎もよくなる。逆に増えるのが、耳かゆい・外耳炎である。

夕方になって副鼻腔炎の患者さんが3人やってきたが、定時の6時半に終了し、その後、船橋の東魁楼で送別会となった。今日の主役である彼女は2年半前のスタッフ募集でやって来た。面接の時、履暦書を見てびっくり。なんと私の小学校と中学校の後輩だった。しかも、船橋の海神小学校ではなく、北海道釧路市の学校である。こんな偶然もあるのかと思いつつ、だから採用してしまった!?

工業高等専門学校卒業という畑違いの経歴であったが、さすがは私の後輩のことだけはあって覚えは早く、動き素早く、最近では10年選手のような態度で働いていたが、イギリスへ“遊”学したいとのことで退職する事になった。開業以来、スタッフ募集などと言うのは50回くらいやっているので、そんなことにももう慣れっこである。出来れば3年くらいはいてほしいものだが、思うようにしなさい、と言うことにしている。
北海道に戻ったら、どこか耳鼻科医院を紹介しようかと話したが、にやにや笑うだけでハッキリとした返事は聞けなかった。


まあ、好きにしなさい!

201907
2019年07月01日(月) 落第しそうだ

早いもので、今年も半年が終わった。途中で平成から令和になったので、書類の年月日が間違ってばかりで困ったものだ。この際、やはり西暦が良いと感じる事しきりである。

毎年のことだが、6月は学校検診とその後始末で書類書きが増える。右写真の足型は何のことだか分かるだろうか?生徒をこれに沿って進める方向指示器のような指標である。
最後の横向きの所で私の“作業”、右耳⇒左耳⇒ここで生徒を正面に向けて右の鼻⇒左の鼻⇒口、が順番で行われる。1人20秒程度。午前中に400~500人の見るための工夫である。
まず生徒の右腕を掴んで呼び寄せ、終わると肩かお腹を一押しする。そうでもしないとなかなか動いてくれない。担任の先生は、しばしば生徒に向かって「うるさい。黙れ!静かに!!」と叫んでいるが、聴診ではなく視診ですむ耳鼻科検診では、そんなことよりスムーズに生徒を移動させてほしいなあと、心の中で呟いている。
終了の頃には私の左腕と目が、そして頭の中もボワンと鈍くなっている。毎年の恒例行事ではあるが・・・。「もう学校医は辞めさせてくれ。」とぼやく高齢の耳鼻科医も少なくない。

7月14日、市内のきらりホールで第13回鎌ケ谷市医師会定期音楽会が開催される。自慢じゃあないが、私は第1回から参加している。
が、それだけやっても進歩の形跡は一向に見当たらない。
今年の演目がこのカノンという曲で、「華麗なるピアニスト~ステージを彩る豪華アレンジ~」というシリーズの曲集の中の一つだ。しばしばCMでも流れているので、メロディなら誰でも聞いたことがあるはずで、出だしは比較的簡単なのだが、編曲が変奏曲風で繰り返しなど一切なく、最後の5小節がこれだ!

先程の練習ではたまたま上手く弾けたが、周りに誰もいないからだ。1人でも聴衆がいれば実力は半減し、10人いたらもう目も当てられない。

定期音楽会といえばちょっと楽しそうな響きもあるが、私にとっては定期試験の様な気分だ。「不可」「絶望」「落第」、大学を卒業して何10年にもなるのにそんな言葉が脳裏をよぎる。

 

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2019年04月30日(火) 10連休

 先日、新しく入ったスタッフに聴力検査を教えていた。私が被検者になって検査をやってもらうと、典型的な騒音性難聴の初期のパターンが描かれたが、やはりと感じた。知人の耳鼻科医にもそんな人がいる。毎日、小児の叫び声を目前で数十回は浴びているわけだ。騒音性難聴はまず4000ヘルツの音域から下がってくるのが特徴だ。進行すると全域で下がる。治療はなく、耳栓をして予防するのみである。本当の耳栓をして患者さん(親)が怒ったという話も知っている。私は聴診器を耳に当てることにしている。程よく音量が下がり、会話も出来る程度になっている。

ようやくスギ花粉症が下火になった。とは言うものの似たような花粉のヒノキが飛んでいる。これはゴールデンウイーク終了までということになっているので、用心に越したことはない。私もちょっと内服を止めてみたらダメだ。結構症状が長く続くものだ。これで終わるならまだいい方で、さらに、5月の後半から6月にかけてはイネ科の雑草の花粉が飛び出す。真夏は余り飛ばないが、8月末からはブタクサなどキク科の花粉の出番だ。いちいち反応してしまう人もいるから大変だ。スギに対しては、舌下免疫療法といってスギのエキスを3年ほど舐め続け免疫力を高める治療法も出てきたが、アレルギー体質を根本的にひっくり返す治療法はまだない。私は毎日舐め続けるきまじめさは持ちあわせてはいない。20年以上この季節になると、2ヶ月余り薬を飲み続けて耐えてきた。

来週から呆れた10連休が始まる。誰がこんな日程を考えたのか、私は怒っている。喜んでいるのは旅行業界か?!6月にこの日を持ってくればこんな不安と動揺は広まらなかったはずだ。鎌ケ谷市医師会から連休中、可能なら何日か診療してくれないかというFAXが届いた。その結果の一覧表は鎌ケ谷市医師会のホームページに出ているので、必要ならご覧あれ。
今日は4月29日。明日・30日は通常通りの診療です。この“日記”はワードで書いて医療系パソコン会社・中央ビジコムの川池さんに送ると、明日アップしてくれるはずであるが、さて、今週は如何だろうか?ずっと休みだろうか?連休が終わってから載ってもすでに遅し、であるなあ。

201903
2019年03月04日(月) 3月・花粉と癌

 あっという間に3月。スギ花粉の飛散が最盛期だ。外出時にはマスクと花粉症用の眼鏡を装着。目薬と鼻のスプレーを1日3~4回。今年は「ビラノア」という空腹時に飲む薬を11時頃に飲んで診療を続けている。1時間ほど経つと、何となく口の中が乾いたような、眠気があるようなないような・・・、気のせいかも知れない。今のところ、時々目はかゆく、ハナは5~6回はかむものの悲惨な状態にはならずに過ごせている。内服薬が効いているのか、外用薬が良いのか、歳のせいなのかよく分からないが、あと1ヶ月この程度で乗り越えたいものである。

 花粉症患者さんで医院も慌ただしい中、今年は、「口の中の癌ではないか?」と不安を抱えて来院する患者さんが目立っている。毎日いらっしゃる。原因は最近女性タレントが舌癌を公表し、手術を受けたことにあると思われる。これまでも有名人が病気を公表すると、自分もそうではないかと言って来院する患者さんが増えたが、今回はそれが特に目立つように思う。舌癌というちょっと珍しい病名や、大腿筋皮弁を用いたかなり大がかりな手術だったということも影響しているのであろう。普段自分の口の中など、そうじっくりと観察できる部位ではない。のどの突き当たり付近にあるブツブツはリンパ沪胞、舌の付け根付近に見え隠れする有郭乳頭、上あごの真ん中が出っ張ってくる正中隆起、しげしげ眺めるとなんじゃこれは?という感覚に襲われるのも無理はない。

 そんな中で、舌の先端あたりにしこりがあるといわれたお婆さんがいらした。最初分からなかったが、繰り返し触ってみると、確かに粟粒程のしこりを触れた。良く見つけたものだと感心した。癌ではないが良性腫瘍の可能性があるので、1ヶ月後にまた見せて頂くことにした。
舌癌は真ん中や先端には通常出来ない。ほとんどが舌の脇に出来る。たいていは見れば分かるが、中にはう~~ん?!というのもある。その場合は病理検査が決め手となるが、病理検査をしてもハッキリと答えが返ってこない場合もある。その女性タレントは診断に6ヶ月もかかったという話だが、いずれにしてもそのような患者さんは大病院へ紹介することになる。近くでは柏にある「国立がん研究センター東病院」にお願いしている。学生時代・40年以上前の話で、「患者には癌とは言わないことにしている、“がんセンター”などという病院名は良くない。」と話していた内科の教授がいたが、今ではそんなことは全然通用しない。正直に、「癌が疑わしいので大病院で詳しく調べてもらって下さい。」と話すことにしている。

 先週末から新宿の京王プラザホテルで“気管食道科専門医大会”があり、参加してきた。気管食道科というあまり世間では聞き慣れない標榜科だが、一応私はその専門医ということにもなっている。これもハッキリ言って履歴書といくらだったか忘れたが、お金を振り込んでなっただけの専門医であるが・・・。
そもそもこれも並べて標榜すると、内藤耳鼻咽喉科気管食道科医院と長―くなり、面倒臭くて困ってしまうが、静岡と旭川に1人ずつ、これをきちんと並べて開業している知人がいる。
 このようなあまり会員数は多くない学会のシンポジウムで、癌に対するレーザー治療の話題があった。その昔、初期の舌癌などに対してレーザーメスで切除し出血も抑えられて良かった記憶があるが、そんな話ではなかった。癌細胞に吸収される特殊な薬剤を投与後、その部分に決まった周波数のレーザー光線を照射し癌細胞を特異的にやっつけるという治療法が考えられているそうだ。レーザー光線で焼いたり切ったりする治療とは違うもので、今でいう放射線治療に似ているが体に対するダメージがほとんどないのが素晴らしいと感じた次第である。がしかしこれが実用化された頃には、私はすでに医者ではなく患者になっているような気もしたのであった。

追記 2月13日、PSA値は正常域に戻っていた。○田○子先生とはこれでひとまずお別れである。オヨヨ!

201812
2018年12月24日(月) 博多の夜

 11月17日を休診にして、専門医講習会に出席してきた。2日間にわたり最初から最後までびっしりと会場で講演を聞いていたのは過去に記憶がないくらいだ。おかげで、沢山の受講証明書を手にすることが出来、来年3月の専門医更新には十分の書類がそろった、と思われるが!?
何しろあまり専門医を気にして診療してきたわけではなく、どうしたら更新できるのか私は知らない。その頃になれば日本耳鼻咽喉科学会の方から「更新手続きのお知らせ」なんていう手紙が来るのではないかと高をくくっている。学会の方だって、こんな講習会を開催すれば会費15000円を払ってでも参加する会員が増えるだろうし、今度は更新の時にも更新料ン万円、等と請求してくる訳で、黙っているはずはないと思われる。

 ところで、色々話は聞いてきたはずだが、具体的に何を聞いたかなと考えると、これと言って思い出せない。相当錆び付いたこの頭だ、知っていることはそうだな程度で受け流し、知らなかったことはその場ではふうんと思っても、しばらくすると忘れてしまう。困ったものだか仕方がない。はっきり言って相当記憶力は減退している。 

そんな中で記憶に残った話があった。この証明書に書いてあるが、

専門医共通講習2 医療倫理の基礎と実践 -倫理的推論のスキルを中心に- 
宮崎大学医学部・板井孝壱郎 

いかにもつまらなさそうな演題名であったが、必須項目なので仕方なく最前列で聞いていたが、意外に面白かった。わかりやすく言えば倫理学の教授といったところか。このような講座は今のところ東大と宮崎大学だけのようで、いろんなところで講演しているようで話がうまかった。また何処かで講演があれば聞いてみたいと思っている。仮に同じ話であったとしてもこの錆びた頭では、再び新鮮な話として受け止められそうだから。


17日の夜は、この講習会を教えてくれた友人と博多料理を楽しんだ。ほろ酔い気分で中州を歩いていたら若い女性の似顔絵師に誘われた。5分でこんな絵を描いてくれた。大したもんだ。なにしろ私は中2の時、美術は「2」で通した実力だ。3学期の担任のコメント欄には美術も頑張りましょう、なんて書かれた記憶が残っている。
いまだに絵が上手い人には憧れる。


201811
2018年11月12日(月) 専門医更新時期迫る!

 先月のMRI検査の結果は特に異常は見られず、来年2月までしばしの“別れ”となった。
しかしいずれは何かされるだろうとは、うすうす感じているところでもある。結果を泌尿器科医の友人に報告すると、「直腸診もしない医者は泌尿器科医ではない!お前の前立腺は何ミリリットル?」少々ご立腹であった。前立腺の大きさをミリリットルで表現するとは、初めて知った。

 10月31日、前立腺癌の内科医と半年ぶりにタイ釣りに行った。現在はホルモン療法中で、放射線治療は来春の予定とのことだった。何だかずいぶんぬるい話だなと思ったが、それで全然問題ないとのこと。その昔はラグビー部で、ゴリラ男であった彼の横顔がどことなく女っぽく見えたのは、その治療の影響だろうか?

 今週末、福岡で専門医講習会が開かれ、出席するので医院は休診です。
専門医制度というのが、今から30年位前に発足した。当時は履歴書と登録料を納めれば誰でも専門医になれた。それでも、その手間と登録料がもったいなく放っておいたら教授に、「何バカなこと言ってる!さっさと登録しておけ!」と怒られ、それを聞いていた後輩と一緒に申請を出した思い出がある。

以後、専門医資格を持っていて良かったという経験は全くないまま、現在に至っているが、最近規則が厳しくなったようで、決まった講習を遅刻、途中退席なく受ける事が義務付けられた。扉を閉められるというのだからすごいもんだ。会終了後に参加証明書を配り、それをためておいて更新時に提出するらしい。らしいというのは、よくわからないのだが、札幌で開業する後輩から電話があり専門医を更新する気になり、参加することにした。

更新に必要な講演は、わざと講習会の最初と最後に配置してある。憎たらしい。羽田発17日、6時15分・始発便だ。これでないと9時からの講演には間に合わない。札幌からでは、前日からの福岡入りが必須だ。途中退室は出来ないが、居眠りは出来そうだがこの体、学生時代からから居眠り出来ない体質だ。会場の後ろの方に座って、演者の言動をボーッとしながら見てくるつもりである。

ちなみにその後、専門医制度は厳しさを増し試験もある。合格率は80%くらいだ。問題が毎年耳鼻科の専門誌に載っているが、それを見るたび、さっさと専門医になっていてよかったと、胸をなで下ろすことしきりである。

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2018年10月09日(火) じょ!じょ!じょ!女医先生!!

9月26日・水曜日、某大学病院を受診しました。その理由は・・・。

今年6月初め、内科医の友人と久しぶりにキス釣りをしながら、痛かった痔の術後の話をしていたところ、彼曰く、「俺なんかもっと深刻で、前立腺癌なんだ。」と言うではないか。
会陰部(陰嚢と肛門の間)から生検(針を刺して組織の一部を採取すること)をして癌細胞が出たとのこと。今月に放射線の一種である重粒子線を照射すると言っていました。

6月に結果が出て10月に治療ということで、悪性度は低く緊急性は全然ないとのことでしたが、知り合いがそんな病気だと聞かされると自分はどうかと気になり早速、血液中のPSA(前立腺特異抗原)を測ってみました。

結果は4.3。あらっ、ちょっと高いな。
正常は4以下です。数年前の医師会検診では正常値だったはずです。
そこで9月初めにもう一度測ってみると、6.5。

あらららっ! 今度は北海道に住む泌尿科医の友人に電話をすると、いいも悪いも言わずに、
「MRI検査を受けてみたら。直腸診(肛門に指を突っ込んで前立腺を触診し固さや大きさを調べる)くらいするかな。」
そんな助言をもらい、大学病院受診となりました。

このご時世、大病院受診には紹介状が必要で、そのまま受診すると初診料が5千円とか1万円などビックリする金額になるようですので、自分に自分の紹介状を書いて持参しました。
10時に大学病院へ着きましたが、混んでいました。受付を済ませて4階の泌尿器科外来に着いたのが10時半。窓口で診察券や問診票を渡すと、
「2番のドアの前でお待ちください。2時間以上かかります。」
と受付嬢はすまなさそうな顔をしてニコッとされました。

やれやれと思いながらも半ば覚悟はして来ました。
2番のドアの前に腰を掛け、張り紙を見上げるとそこには、

[本日の初診医・○田○子] 

子ということは女医!女医先生!!・・・・。触診!視診!! 直腸診!!!

おいおい!ちょっとこれだけは勘弁してよ。何とかならないの。
他に男性の初診医はいないのか。他のドアを確認しましたが、本日の初診医はこの方だけでした。私が時々通う痔のクリニックだって、受付には青とピンクのコインが置いてあり、男性医師と女性医師を選べるようになっています。私はこれまでピンクのコインを選んだことは1度もありません。ここだってそのくらいの配慮があってもいいんじゃあないか。そんなことを考えながら待ち続けました。そもそもこれまで、女性の泌尿器科医という方に出会ったこともありません。一体どんな女性が、このドアの内側で何をしているのか。お岩さんか、般若か、モンスターか・・・うわああ!

午後1時前に、順番が私の前の中年男性が呼ばれました。何を言っているのかはわかりませんが、普通に会話の声が聞こえました。しばらくすると今度は沈黙の時間が流れ、これが不気味で、いろいろと空想してしまい緊張が高まりました。
30分ほどしてとうとう私の名前が呼ばれました。怖いもの見たさの気分でドアを開けると、そこには意外にも細おもての品の良さそうな女医先生が、お待たせいたしました、ですと。年の頃は40後半かな? 
待ち時間中に行った血液検査結果は4.9と下がっていましたが、異常値ではあるのでという事でMRI検査を予約しました。それだけでした。触れもせず、見もせずに終わりました。なぜ貴女は泌尿器科医になったのか、と質問したかったのですが止めておきました。

明日・10月10日午後1時半、MRI検査後に再び○田○子先生にお目にかかります。はたしてこのままプラトニックな関係で終わってしまうのかどうか、私の方からは何とも申し上げられません。

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2018年9月18日(月) 本日休診

 本日9月18日休診です。2ヶ月ほど前から医院の内外にお知らせを張り出していましたが、知らずに何人来院することか、何十人かしら?申し訳ございません。
私は朝から院内にこもっています。院内にいますが診察は無理な状態です。外に出て患者さんと顔を合わせるとバツが悪いので、極力中にこもっています。

朝から工事です。開院以来使い続けてきた、通称ユニットと言われる機械類を一新することにしました。この春、私が指を指している部分が壊れライトが着かなくなりました。
関節部分に亀裂が入り断線しかかっていたそうで、さらにこの機種はもうとっくに生産中止で修理不能として戻ってきてしまいました。顕微鏡も内視鏡もそしてこの人工大理石の土台もおかしくなり、全部替えることにしました。機械ものは10年が目安という話もありますので仕方ありません。

開院時からこのようなシステムが機能していたわけではなく、いろいろ改良してきたつもりです。それを一日でリセットできるか、不安もありますが、ダメなら翌日は元々休診日ですから、それで何とかなるだろうという目算です。ですから18日・19日と休みが続きます。ご了承ください。