院長の気まぐれ日記バックナンバー

201802
2018年2月23日(金) マスク その1

 スギの花粉が飛び出しました。私は2月10日から薬を飲み始めました。
スギ花粉症を発症して20年余り、毎年毎年、何ともばかばかしいと思いますが、仕方ありません。毎年症状がなくても、10日から飲むと決めています。油断をしていると、花粉症の症状は突然ひどくなり仕事に支障を来します。患者さんを1人診察するたびに自分自身が毎回鼻をかむようになってしまうのです。

私は普段、ほとんどマスクをしないで診察を続けています。先日やってきたインフルエンザの男の子に「先生はどうしてインフルエンザにならないの?」と聞かれました。なかなかいい質問でした。一応季節前には自分でインフルエンザワクチンを注射していますが、それがどの程度予防に役立っているのか? 

売店で購入したマスクには花粉・ウイルスもブロックと書いてありましたが、本当かな? 花粉に対しては十分体験済みですが、もっと粒子が細かいウイルスを防げるだろうか? 隙間からいくらでも入ってきそうです。耳鼻科という仕事柄、私は患者さんの顔とかなり接近した状況にあり、毎日のように鼻水、ツバ、痰が顔に飛んできていますが、かえってその事が私の免疫機能を密かに押し上げているのではないか、と思っています。ですがこの時期、患者さんの出入りが花粉を巻き上げているようで、それは私にとって最悪でとても防ぎきれません。近日中にマスクをして診療することになりますね。まちがいありません。

201712
2017年12月26日(火) 遅くなりました。休診のお知らせです。

 すっかり忘れていました。
年末年始の休診は以下の通りです。

12月29日(金)から1月3日(水)
1月7日(日)から1月10日(水)

実は私はパソコンが苦手です。ほとんどいじれません。
医院にも、何台かパソコンが稼働していますが、私はスイッチもさわったことがありません。
先日も、ついていたスイッチを切ったら、いけないことになってしまったらしく、スタッフの1人に何も触らないようにと怒られてしまいました。

このホームページは15年近く前に息子が中学生の頃に面白半分で作ったものです。この気まぐれ日記だけはやり方を聞いて書き込めますが、お知らせ欄は息子が書き込んでいました。

ところが、今年の4月から息子が独り立ちをして、某大学で耳鼻科医のトレーニングを開始しました。時々帰ってくるのですが、指示を忘れていました。

今私が出来ることはこれだけです。最近のアクセス数が100を越えていますね。申し訳ありません。これからも息子に頼るのは無理がありますので、ホームページは業者に管理をお願いしようと頼んでいたところでした。

ところで、ここまで読んでいただいた方にお知らせです。
20年余り前の投稿ビデオ番組「あんたが主役」、息子が主役です。今でも笑えます。興味がありましたらDVDをお貸しいたします。来院時にでも声を掛けてください。

201705
2017年05月14日(日) 開院して四半世紀

 鎌ケ谷で開院して5月18日で25年・四半世紀が経ちます。これまで大過なく診療を続けて来られました事、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

 それまでの私の地盤?は北海道でしたので、開院当初は戸惑うこともしばしばでした。その原因を端的に述べれば、気候風土と人口密度の違いだと思っています。北海道の方が都市部では医療体制や生活環境は整備されていると感じます。なぜなら余りいい加減なことをしていると凍死してしまうからです。千葉は比較的温暖な気候で滅多に凍死はしません。街が出来る前から人が住んでいました。しかも沢山の人が。暖かい方が気持ちも軽くなるのですね。
 また、北海道にはスギの木がありません。スギ花粉症の事は当然知識として知っていましたが、所詮対岸の火事でした。季節になると、こんなにも患者さんがやってくるとは想像以上でした。しかも開院して4~5年経ちましたら、私自身がスギ花粉症を発症してしまい、それ以来毎年毎年20年、2ヶ月間は抗アレルギー薬を使い続けています。呆れるやら腹が立つやら!近年、スギのエキスを舐める治療が世に出ましたが、私は今のところ舐める気はしません。これからも目薬、スプレー、内服薬でしのぐつもりです。 

 開院当初、娘は鎌ケ谷市立中部小学校へ、息子はふじ幼稚園へ通っていました。娘には昨年子供が出来て、私は本当のお爺さんになってしまいました。目も老化するはずです。30代までは、鼓膜切開も裸眼で出来ましたが、今では何でも顕微鏡です。ハナの中、口の中までも顕微鏡で見ることが多くなりました。一方、開業医になって、耳掃除は上手くなりました。耳の病気は、まず耳垢を除去しないと話にならないのですが、耳の中は結構痛いし、すぐに血が出ます。幸い今のところ私の指先、手は震えません。耳鼻科医として最後までやれる仕事は耳掃除ではないかと思うようになりました。息子も耳鼻科医の道を歩み始めました。知識量ではとてもかないませんが、私のハンドパワーの方が、当分の間はまだまだ勝っているものと思われます。

 先日電車の発車時刻が迫っていたので、階段を颯爽と1段抜かしで駆け上がりましたところ、最後の一段で足が上がりきらず、四つん這いに転んでしまいました。電車には間に合いましたが、手足が痛いやら、周囲の人が見ていて恥ずかしいやら。まあ骨を折らずにすんでよかったという事でしょう。開院以来、体調不良で急遽休診にしたのは2回(二日ではない)だけでしたが、今後はこれまでとは違うだろうなと不安が広がります。

“医者と坊主は年寄りがいい。” 
“医者と味噌は古い方がいい。”

そんな格言?に従い、これからもやれるところまで、それなりに仕事を続けるつもりです。

201608
2016年08月03日(水) クソッ その後その2

 7月13日の水曜日、午後2時半から痔核根治術を某肛門科でやっていただきました。手術は10分程度、おしりを突き出した形で腹ばい状態。後ろで何かもそもそやっているな、という程度で意外にすんなり終わりました。1時間休んでまだ鎮静剤が抜けてないという雰囲気のまま帰宅しましたが、それからが大変な日々の始まりでした。3日間はだいたいジュースで過ごしましたが、立っても座っても痛い。鼻をかんでも咳をしてもズッキーンと差し込む痛さでした。それでもウンコは出ます。トイレが地獄の3丁目でした。ウンコを出そうとする大腸直腸連合軍の前に肛門様が立ちはだかり、私の頭の中はパニック状態に陥りました。

この手術、結紮切除術・半閉鎖法というそうです。つまり痔核を切除してそこを縫うのではなく縛るのです。縛ればその先の組織は腐ります。半閉鎖法というので肛門側は半分開放創になっているのです。開放創であれば痛いです。そこから腐った後の浸出液が今でも出てきます。出すためにわざわざ開放創にしてあるのです。手術当日、当てガーゼが200枚出されました。そんなに必要なのかと思いましたが、毎日4~5回換え続けて3週間が経過、紙おむつもはいて暮らしています。まあ、我ながらびっくりの毎日が続いておりますが、紙おむつって意外に快適だと変なところで感心しています。超薄型っていうやつですが・・・。

7月31日・日曜日、鎌ケ谷市医師会の音楽会がきらりホールで開催されました。今年で10回目になります。私は特に宣伝はしていませんが、第1回目から参加しています。今年の演目は、ベートーベン作曲、「運命・第一楽章」。交響曲をピアノで弾くとは漫画の世界ですが、そんな楽譜もあるのです。手術して2週間あれば、すっきり治して演奏に専念できるだろうと考えたのがウンの尽き。いったいいつになったらすっきりするか、こんな「運命・第一楽章」が待っていたのでした。

今日、休診日でしたのでその肛門科へ行き、注入軟膏がさらに2週間分出されました。こんなことで今年の夏は終わりそうです。

201607
2016年07月29日(金) クソッ その後その1

「その後」の内容には2つの事が含まれていますが、ここには1つ目を書いておきます。それは駐車違反のその後です。

5月のことになりますが、仕方ないので5月末の五本松小学校の検診の後に鎌ケ谷警察に行ってベン解の余地、つまり言い訳を聞いてもらい、あわよくば始末書程度で済まないか、と考えていました。車の免許を取って40年以上、いろいろ捕まりましたが、あるとき、 「免許不携帯、一時停止違反、サンダル履き運転」 で捕まったことがあります。

3つも違反が重なり高い反則金を覚悟しましたが、始末書ですんだ遠い昔の記憶がよみがえりました。その線でいけないかな、などと淡い期待を巡らしていたところ、何日かたって、振込用紙が送られてきました。違反金は15000円、結構高いですね。

そこにもムニャムニャ書いてありましたが、とりあえず車の持ち主に振込用紙を送って、その金を振り込めば違反はチャラにするというような話でした。なるほど、犯人は特定されていないので、このような手できたのかと、妙に納得。

変に警察に出向いて不快な思いをして点数を減らされるより、この方が簡単。警察に出向いても同じ金額なのかちょっと気になりましたが、早速振り込みました。今のところ免許はゴールドなので、傷がつかない方が更新の時に楽だろうと考えたわけです。
駐車違反では初めて捕まりましたが、変わった規則だと感じた次第でした。

201606
2016年06月19日(日) クソッ!

駐車違反で捕まってしまった。場所は何と私の医院のまん前。ここはよく見回りが来ているので、患者さんにも気を付けて、と言っていた自分がシールを貼られてしまうのだから何とも情けない。

事の顚末はこうだ。
 5月11日・水曜日、この日は休診日だが、学校検診の日にあてていた。午前中は二中。朝は9時から1年と3年・500人余りの診察だった。右耳、左耳、鼻、口といった順番で診察し、異常があれば病名を記録者に告げ次に進むと言った塩梅で、1人につき約20秒前後で進んでいくのだが、なかなか思い通りに事は進まない。
いつもの事だがまず、生徒が私の前に寄って来ない。床には足形が書いてあるのに警戒してその前で立ち止まってしまう事が多い。そこで私は生徒の右腕をつかんで引きよせ、診察を始める。そして、約20秒の診察が終わったら素早く移動してほしいのだが、これまた移動しないで立ったままの場合が多い。そこで今度は脇腹を押して、退場を促す。これを500人にやると、結構腕がなまる。特に中学生は重い。
終わったのが12時過ぎ。いつもならそこで給食を頂くか、適当な所で昼食を取り、そのまま午後の南部小の検診へ向かえば何も問題はないのであるが、この日は体調が悪かった。下痢気味だったので、給食は失礼してわざわざ医院に戻ってきて前の道路に車を止め、2階の医院へスタスタと上がって行った。

これがウンのつきだった。

あまりおおやけにしたくはないが、私は痔主である。イボ痔ってやつで、来月13日には日帰り手術を受ける予定になっている。今度は本当に切って縫う手術が予定されている。そんな肛門様なので、最低限ウオッシュレットがないと用は足せない。そして最後は手術用のゴム手を左手にはめて、そのイボをグイッと押し込まないと不快感が局所に挟まったままになるわけで、午後の検診がうっとおしくなるのは明白。一連の行動は5分では無理で、15分ほどかかり、ヤレヤレなんとか南部小には間に合うなと思いながら出てきたら、しっかりとシールが貼られていたのであった。きっとどこかに潜んで、カモがやって来るのをじっと待ち構えていたのだろうな。
次回は医院には戻らず、近くの花壇で野グソを垂れるしかないと、感じた次第である。クソッ!!

201501
2015年01月07日(水) 行ってきました

けっこう痛かったなあ。
パカッと空けてグイグイ、ギュウギュウ何かを突っ込んで はい!一丁上がり!という感じ。

私はエビのように背中を丸めて、ウムムムムッ!
行く前より痛くなった、と愛妻に文句を言いながら風呂に入りソロっとその部分を触れてみましたら、あらっ!?なくなってる? 
そういえば、帰り際
「とにかく押し込んでしまう方がいいんですよ。」
と言ってたっけ。

すっきりとした菊の花のような
肛門に触れる事ができ、嬉しくなりました。
久しぶりにまともに歩けます。あの人は名医です!!

明日のトイレが難関ですね。パスしたい心境です。

20150102
2015年01月02日(金) 新年早々困った事になりました

また、内痔核が再発してしまいました。
この気まぐれ日記を振り返ると、2010年9月に当時の状況が書かれています。痔という漢字は「ヤマイダレ」に「寺」と書く、その心は寺に入るまで治らない、その昔予備校の先生が言ってました。
去年秋ごろから何か変だなと感じてはいたのですが、12月30日、今年の釣り納めとしてアジ釣りに出かけてから急激に悪くなりました。前回は出っ張って来た痔核は押し込めば中に入ったのですが、今回はダメです。嵌頓(かんとん)状態です。

友人の外科医にメールを送ってみると、酒は飲むな、風呂に浸かっていろ、清潔にしろ、椅子に座るな、そのうち良くなる、でした。そのうち良くなる、は希望の光ですが、正月というのに3時間は風呂に浸かっています。のどが渇きますが、ビールではなくて水で我慢です。

今日の夕食は某ホテルでバイキング料理の予定でしたが、私は留守番です。血が滲みますので、老人用の尿漏れ防止ナプキンを当てています。何とも情けない。

というわけで、来週肛門科へ行ってきます。なるべく水曜日を利用するつもりですが、痛みや出血で急に休診になる事も予想されますので、このホームページのお知らせ欄でのご確認をお願い致します。

201207
2012年07月06日(金) 人生は、20年が4回と考えるのかな?

今年の5月で、鎌ヶ谷に開院して20年が経ちました。

月並みのようですが、長いようで短かった20年でした。
唯一最大の幸運は、これといった病気もせず、健康でやってこれた事だと思います。
 人生、今まで20年という時間が3回あったわけですが、感覚的には、生まれてからの20年間が一番長かったように思います。次の20年間は大学に入ってからの知識と技術の取得のための時間でした。なが~い坂道を自転車でえっちらおっちら登って来たようなものです。
大学入試、大学の卒業試験、学位審査、その直前3ヶ月間だけはパワー全開、自転車立ちこぎで頑張りましたが、あとは“それなり”で何とかなりました。

さあ、最後の20年間、これからは下り坂をほとんどこがずに、ゆるゆると進みたいと思っています。なにしろ頭も目も随分ぼけてきました。5分前の事も忘れます。柔軟性や適応力にも問題が生じます。

もう余分な事はしたくないのですが、医師会に20年もいると、色々面倒な雑用も降りかかってきます。
時々休診にもなりますので、お知らせ欄などでご確認下さいませ。

201201
2012年01月04日(金) スタッフ募集

 最後に気まぐれ日記を書いてから、1年以上が過ぎてしまいました。時々患者さんから更新されていませんね、などと言われながらも、触りもせずに時間だけが流れました。ではなぜ今回この日記を書くようになったのか、それは昨日スタッフ募集の広告を出したからに他なりません。最後の日記があの病気の話ではさすがにちょっとね、と思い直したからです。

 募集広告も時代とともに変化するもので、私はほとんど時代から乗り遅れよくわかりませんが、インターネットからでも簡単に募集内容やホームページが見られるのだそうですね。そこで最新のこの日記には、ついでに募集案内を載せておこうという、目論見もあるわけです。医院を開院して早いもので、5月には満20年になります。勤務医から開業医に変わって、一番戸惑った事は人事、すなわちスタッフの確保です。そんなことは大学卒業以来、どこにいても習った事はありませんでしたので。

 これまで広告会社、口コミ、ハローワークなど色々な方法で募集をしました。合計すると何人の応募者と面接したことか、三桁になる事は間違いありません。現在、当院には常勤とパートとの方、合計9人のスタッフに仕事お願いしています。9人いれば1年に1人くらい、都合で退職される人は出てくるもの、そんな覚悟が出来るには開院して10年経った頃からでした。

 鎌ヶ谷市医師会では市内の病院10年勤めると表彰されるという規定があり、さらに、20年勤めると千葉県医師会からも表彰されます。鎌ヶ谷市で20年表彰を受ける方は毎年数人程度です。病院とは女性主体の職場ですから、なかなか10年も固定しているというのは多くはないのかもしれません。当院には10年表彰を受けたスタッフが3人います。10年選手になると、診療中は目で話せるようになるので大変助かります。面接の際には、10年とは言わないまでも、3年は働いて下さいね、とお願いするようにしています。

 女性、25歳位まで、短大卒以上、としておきます。興味のある方は昨日(3日)に新聞折り込みに載せたアイデムをご覧ください。携帯でも検索できるようですが、私は操作がわかりません。悪しからず。不明な事がありましたら、当院受付までお問い合わせください。

201009
2010年09月26日(金) ジオン注硬化術

 ようやく長く続いた暑い夏が終わりました。暑さ寒さも彼岸まで、とはよく言ったもので、本当に彼岸の日から涼しくなりましたね。9月21日は臨時休診にして、知らずに来院された患者さんには大変ご迷惑をおかけいたしました。一応2か月前から張り紙はしていたのですが、何人くらいの患者さんが来院されてしまったのか、こちらとしても気になるところです。

 実はこの日、私は手術を受けておりました。病名は「内痔核」。あまり大っぴらにするような病気ではありませんが何年前からあったのか、無症状の時も含めれば10年くらい前からあったのでしょう。初めて肛門科を受診したのが3年前で、段々出っ張りが大きく頻繁になってきたので、先生の勧めもあり手術をしてもらいました。先生の名前は秘密です。胃の調子が悪い、足が痛いなどというのであれば、近くの中川先生や浦和先生に診て頂くのですが、さすがにおしりの問題となると知り合いの先生では恥ずかしく、一生頭が上がらなくなりそうでしたので、インターネットで調べちょっと遠くの肛門科を受診しました。

 医者が病気で病院へ行く時の気持ちは妙なもので、一つは患者として何をされるのかという不安を抱くと同時に、もう一つは医療関係者として、ここの病院はどんな感じか、私の医院とはどう違うかな、という第三者的な冷めた目で観察する自分がいます。

 その某肛門科は某駅のすぐそばのビルの3階にありますが、あまり目立ちません。扉は木製で手前に引くようになっており外からは何も見えません。私の医院は中が丸見えで、眼のいい人なら駅からでも見えてしまいますから、なんとも対照的です。医院の内装は茶色を基調とした落ち着いた雰囲気で、床にはカーペットが敷いてあります。椅子はふかふかで、ところどころマットも置いてあります。お尻への配慮ですね。受付の女性の話声もトーンを下げ静かに話しています。周囲への配慮ですね。子供はいませんので、大変静かです。評判が良いようで、老若男女、次々患者さんがやって来ます。10数人が椅子に座って待っていたこともありますが、ほとんどみんなが「痔主」なんだと思うと、ちょっとおかしくなりました。

 先生はやはりそれなりの雰囲気がある男性ですが、あまり私の顔は見ません。忙しいせいなのか、パソコンをいじるせいなのか、やはり患部が患部だけにあまり顔は見ないようになったのかは分かりません。私は耳鼻咽喉科ですので、自然に顔を見つめることが多くなります。私は3つの穴が対象ですが、この先生は1つの穴だけで、これで1日中勝負するのかと変な感心をしました。

 普通の診察は横向きで行われましたが、手術の時はお腹に枕を当て、お尻を出っ張らした感じの腹ばいでした。点滴を取りサイレースいう鎮静剤を打ち、局所麻酔薬で仙骨硬膜外ブロックを施してから手術が開始されました。切ったわけではなく、薬液を20ml、12か所に注入したそうで大して辛くもなく終わりました。終了後に紅茶とケーキが出されたのには感激でしたが、私の医院でそうすることはまずないでしょう。また、手術後に現場写真を、いつ撮ったのかわかりませんが、見せてもらいました。もっこりと山のように飛び出している内痔核は、私が毎日患者さんにお見せしている鼓膜写真とは段違いの、衝撃映像でした。今週再来時には、あの画像をプリントアウトして頂こうと思っています。

 翌日は恐る恐る遠慮がちにウンコを出しましたが、痔核の脱出もなくなり不思議な感じでした。日に日に痛みも薄らぎ、明日からは穴あきの円座もいらなくなりそうです。先生から酒は控えめに、トイレタイムは5分以内に、と言われています。酒を控えるのはそれほどの事ではありませんが、トイレ5分以内というのが大変です。我が家のトイレは自慢ですが、1階はテレビ付きで、2階は収納式のテーブルがセットされており、いつまででも読書することが可能なスペースです。今後はこれらからの脱出が大きな課題であります。

200909
2009年09月27日(日) どうしましょう?!インフルワクチン

 インフルンザが意外に早く流行ってきたようです。
もう少し寒くなってからだろうと予想していましたのに、このところ毎日1~2人の患者さんが検査で陽性となっています。冬場のピーク時にはその10倍程度ですので今のところ大した事はないのですが、心配なので調べてほしいという患者さんがたいへん多い。

私は説明しても始まらないので、希望された患者さんには鼻の奥から粘液を採取して調べることにしていますが、この検査さほど精度の高い検査ではありません。熱が出ても感染して間もないと陰性のことがあります。熱が出たのでそれっとばかりに来院しても検査は陰性で、翌日再検査をすると陽性だという話はどこの医院でも経験していることです。鼻から採取するとただの鼻水が、ノドから採取しようとすると唾液が付いただけ、という事も考えられます。

それでも最近はこの検査が流行になっていて、学校や職場では検査を受けてこい、との指示が出ている事も少なくないようです。一時薬局からマスクがなくなったことがありましたが、このところはこの検査キットが品薄状態だそうです。

 先日(25日)鎌ヶ谷市医師会でインフルエンザの講演会があり参加してきました。ようやくワクチンができるそうですが、もう遅いよな、というのが私の感想です。ワクチンを優先的に摂取できる人が選別されてきましたが、鎌ヶ谷市だけで子供老人など4万人いるそうです。びっくりです。医療従事者も優先されるといわれ、少し期待して話を聞くと、具体的には医師だけだそうです。歯科医師も薬剤師も医療事務員も除外されているとのことで、何だそんなの!、と参加者一同唖然となりました。

これまでのインフルエンザワクチンでも、効果が出るのに3週間かかるといわれており、またどの程度の効果が上がるのかについては今でも議論されているところでもあります。新型インフルエンザワクチンについてはさらに有効性や安全性については今の段階では不明な点も残されたままです。やっぱりかかったかなと思ったらすぐタミフルを飲んで1週間休診にするしかなかろうと、改めて感じ入った次第でした。

200905
2009年05月17日(日) 新型インフル、日本上陸

 やはりというか、当然と考えるか、国内にも新型インフルエンザが発生してきました。ゴールデンウイーク中は何とか空港で食い止めようとしていたようですが、無理だったという事ですね。

さてこれからどの程度のスピードで広まってくるのか、注意して見つめているほかないと私は思っています。学校や職場を隔離するだけで、目に見えない極小のインフルエンザウイルスを封じ込められるわけがありません。

手洗い、うがいも大事とは思いますが、それで予防できるとも思えません。一言で言うとウイルスの増殖力と人間の免疫力の闘いですね。幸いこれから高温多湿の夏に向かいますので、ウイルスにとっては増殖しにくい季節です。ですから本当に問題となるのは今年の秋以降かもしれません。それまでにワクチンができるとよいですね。冬までならなんとか間に合うと思いますが・・・。

ただここだけの話、あのインフルエンザワクチンはどの程度の有効性があるのでしょうね? 私自身は毎年流行前に接種していますが、内心打たなくてもかからないのでは?と思いながら接種しています。逆に毎年2回接種しても、毎年インフルエンザに罹患した患者さんもいます。でもそうは言っても新型用のワクチンができたら早めに接種するつもりですが・・・。

千葉県医師会から連日インフルエンザ情報がFAXされて送られてきます。これがいつまで続くのか、FAX用紙がもったいないと思える量です。現在の国やマスコミの取り上げ方は、いささかやり過ぎとも感じます。本当の強毒性のインフルエンザが流行する時のための予行演習と思えば理解もできますが、熱が出てインフルエンザかもと思ったら、近くの病院には行かずに、各自治体の発熱相談センターに連絡し、所定の検査所へ出向かなければいけないそうです。
そんな事患者さんができるでしょうか?わからないから病院へ行くのでしょう。診察する私でも診断に困ることがあります。症状は典型的でも検査では陰性だったり、違うと思いつつ念のため調べてみたらはっきりと陽性だったり、なかには熱がないインフルエンザという患者さんもいます。それらを正確に振り分けることは不可能です。

さいわい今回の新型インフルエンザは、今のところタミフルやリレンザがよく効くようなので、早めにこの薬を使って5日間家から出ない、というのでいいんじゃあないかと思うのは、私が“ちゃらんぽらんな”B型人間だからだろうか?

200902
2009年02月22日(日) どうしましょう、新型インフルエンザ

 毎年のことではありますが、インフルエンザが流行っています。
ピークは越えたようで少し下火になってきました。今年は耐性インフルエンザといって特効薬のタミフルが利かないインフルエンザが目立っているようにマスコミは伝えていましたが、現場の印象はさほどではないように感じました。
私は幸いにも、もう10年以上インフルエンザにかかったことがありません。予防接種をしているからなのか、毎日インフルエンザの患者さんと接しているので自然に免疫が強化されているのか、今年も大丈夫そうです。

 ところが、いつか必ずやって来ると言われている新型インフルエンザになると話は別です。これもまた、いろいろとマスコミでも取り上げられています。鎌ヶ谷市医師会でも、先月これに対する第1回目の協議会が行われました。新型インフルエンザが蔓延すると4人に1人は感染するといわれ、鎌ヶ谷市内で数万人の患者さんがあふれるという予測も成り立つのだそうです。その患者さんを市内の診療所で診察することになると、さらにインフルエンザを広めることになりかねないため、発熱して来院した患者さんは、たとえば市役所の保健管理センターに集中させ治療しようという案も出されていました。では、そこで仕事をする医療スタッフをどう確保するのか、ボランティアは何人いるのか、入院が必要な場合はどうするのか、今のところ結論は出ていません。

 はっきり言って私は今からあきらめています。新型インフルエンザが流行ったら私はきっと感染してしまうでしょう。発熱を主訴に来院する患者は毎日何人も出てくるでしょう。その患者さんたちを保健管理センターへ全員向かわせることはできません。インフルエンザでなくとも発熱している患者さんは何人もいるわけです。患者さんは自分がインフルエンザかどうかわかりません。診察や検査が必要です。そんな事をしていたら、新型ですから私に免疫があるはずはなく、うつるのは必定。流行る前からそのためのワクチンを作ることは困難で、素早く作ってそれを接種しても免疫力が上がるには3週間は必要です。それではとてもインフルエンザの伝搬力には追いつけないでしょう。

 私は平成4年開院以来、体調不良で午前中2回休診にした以外は、比較的健康には恵まれて診療を続けて来ましたが、この新型インフルエンザにはやられてしまうと思っています。その際には申し訳ありませんが1週間休診にさせていただきます。罹ったかなと思ったらすぐにタミフルかリレンザを投与し、場合によっては点滴を誰かに頼んで回復を待つつもりです。まだ、これで死んでしまうほど体力は落ちていないはずだと、高をくくっております。元気になりましたらボランティアにも参加することにも、やぶさかではありません。でも、その頃にはスギ花粉も飛び始める季節で、考えただけでも猛烈に忙しそうで、私は働きすぎで死んでしまうかもしれません。

200810
2008年10月13日(月) 風のガーデン

 先日、まさに緒形拳の遺作となった、フジテレビの「風のガーデン」というドラマが始まりました。内容は全然知らないままにテレビを見ました。なんというタイミングの良さ?と言っては不謹慎なのか、ほかに言葉も見つからないのでそう書いておきますが、きっと偶然そうなったのでしょうが、亡くなって数日のうちにそんなドラマが始まるとは驚きでした。

 主役は中井貴一で、東京で働くバリバリの麻酔科医、緒形拳はその父親役で北海道の富良野に住む老医師という設定でした。ドラマに医者が出てくるのは珍しい話ではありませんが、麻酔科医はこれまで記憶がありません。麻酔科医というのは病理医とともにDoctor’s Doctorともいわれ、世間ではあまり馴染みがありませんが、医者の世界では、一段格上の存在なのです。
ちなみに耳鼻科医は全くその逆で、ドラマでも決してシリアスな場面では登場いたしません。出てくるのは漫画か、以前のドリフターズのドタバタ喜劇の中で、額帯鏡を逆さまにかぶって登場する位なものでした。そんなわけで、麻酔科医が登場した事は私にとってかなり以外で興味深く感じました。

 また、脚本が倉本聰という事もドラマを見ていて知りました。倉本聰と言えば代表作は「北の国から」ですね。1980年ころ、富良野を舞台にした田中邦衛が演じる黒板五郎とその家族の物語でしたが、バックを流れる「さだまさし」の歌と、今でこそ有名になりましたが、富良野や美瑛、そしてその向こうに見える大雪連峰の美しさが脚光を浴び、一世を風靡したものでした。

 この「風のガーデン」がどんな物語であるのか、どう展開していくのか知りませんが、緒形拳は、きっとこれが最後の作品になることはわかっていたはずで、また倉本聡も知っていたことと思います。その二人が渾身の思いで作り上げたドラマを見逃してはいけません。中井貴一の顔は、もう少し脂肪が少ないほうが良いと感じましたが、それは御愛敬。これからしばらくの間、毎週木曜日は10時からテレビの前に釘付けになる予定です。

 最後のテロップで、協力・旭川医科大学と出ていたところもちょっとうれしいです。北大ではなく、ローカルな旭川医大というのが大変良くて、気に入っております。一応、私の母校でもありますので・・・。

200802
2008年02月11日(月) 医院の名称

 数日前に鎌ヶ谷市医師会の会員名簿が配られ、今それを眺めていました。名簿といっても、B4の紙1枚に収まっている簡単なものです。会員数は88名で入会順に上から並んでおり、私は37番目ということになっています。
医師会に加入していない医療機関もあるので、鎌ヶ谷市10万人に対して百数十人の医師数は、医師不足が叫ばれている昨今としてはまずまずといったところでしょうか。問題はその中身である・・・、等という事を書き始めると話はあらぬ方向へ行ってしまうので、それはここには書かないことにして、医院の名称は実に様々であるなあと感じ入った次第です。

 多いのが自分の名前を利用している医院で、次が場所の地名を付けている医院です。今のところ名前で重複している医院は見あたりませんが、地名の中には「みちのべクリニック」と「道野辺診療所」、「鎌ヶ谷医院」と「かまがや診療所」と「新鎌ヶ谷クリニック」など、ちょっと見ただけではまちがえそうな名称もあります。そこで「鎌ヶ谷山下眼科」という、地名と名前を両方つなげた医院も登場するのですね。

面白いのが、丸山先生が市内の丸山で開院している「まるやま眼科」。一体どっちの“まるやま”なのか、きっと両方なのでしょうね。

花の名前を付けた医院が2軒あります。「ひまわり眼科」と「ベルフラワークリニック」。ベルフラワーは「ききょう」で、市の花になっていますので納得ですが、「ひまわり」は個人的な好みでしょうか?

動物もあります。「青い鳥こどもクリニック」とは、幸せを運んでくるということでしょうか。ちょっと長いけど、ちょっと個性的で振り向きたくなりますね。房総の鋸南町に「ぞうさん耳鼻科」という医院があるのを知っています。耳鼻科では耳と鼻に特徴があるゾウをロゴマークとして使う医院は時々ありますが、それを名称にするとはけっこう大胆と思いました。

ちなみに市内で一番長い名称は「屋比久ペインクリニック整形外科」で、短いのは「畑医院」でした。もし今後、当院の名前を変更することがあれば、「鼻」や「喉」、特に「喉」は間違われることがよくあるので、「ないとう医院」とか、「ないとうじび科」など、なるべく簡単な名称にしたいと思ってます。「○×耳鼻咽喉科気管食道科医院」という名称を付けた知人がいますが、1つサインするのも大変そうですね。

 蛇足ですが、問診中、前医の名前を呼び付けで話す患者さんがいます。ご本人は、個人を呼び付けているつもりはなく、あくまで場所として話しているのだと理解はしていますが、○○医院とか××耳鼻科とか、または□□さんなどと、名称や敬称を付けて話した方が無難だと思います。

 呼び付けにして話すので、カチンと来て追い返してやったと話していた偉い先生を知っています。もっともその偉い先生は、耳垢取りに来院した患者さんも怒って返したというので、すぐ怒るタイプの先生のようでしたが、そんな目にあっても面白くないですから・・・。

200711
2007年11月14日(月) 傷の治りが悪い

 10月30日、抜糸しました。縫ったナイロン糸と皮膚の間にハサミの先端を入れて切るのですが、ナイロン糸がすべってすぐにはなかなか切れませんでした。縫うほどの緊張感ではなかったですが、自分で出来るのはこの程度のことですね。

 それから2週間が経ちましたが、まだ完全には塞がってはいません。三角形に切れたのですが、その真ん中が引っ込んで黒くなっています。メスで切った切開創と違って、挫滅創だったのでそこの所の皮膚が一部壊死に陥ったのですね。三角形の角の部分はくっついています。

想定内ですが、こんな傷でも気になるものです。靴下や靴の着脱、風呂、歩行など一々制限を受けています。こんな時に誰かに足を踏まれたら大変です。気絶するかも知れません。怪我以来、フィットネスクラブにも行ってません。筋肉が落ちてきて、腹が出てきたように感じます。あまり歩かずに、車で移動していますし・・・。歳ですね。

200710
2007年10月23日(月) 自分で自分の足を縫ってみました

 昨夜、風呂から出るときに、扉の下の角に右足の甲を思いきりぶつけてしまいました。扉を閉めながら右足を抜こうとしたのですが、扉の方が先に閉まってしまったのですね。
見ると一辺が2㌢程の正三角形の穴が出来ていました。
皮膚がちぎれて取れてしまったかと思いましたが、手で周囲を寄せてみると上手く合わさるではありませんか。少しホッとしましたね。
角がグサッと刺さると傷は三角形に開いてしまうものなのですね。とりあえずテープで傷口を寄せて、ガーゼを当て包帯を巻いて寝ました。夜中には2~3回目が覚めましたね。今日は足を引きずりながら駅前を歩いて医院に到着しました。普段なら駆け上がる階段も使わずエレベターに乗りました。

 昼休みにガーゼを開いてみましたが、予想通りぱっくりと口が開いていましたので、とうとう大縫合術が始まりました。執刀医は私です。患者も私という変な手術となりました。助手はいませんが、観客が時々控え室からやって来ました。

 まず、痛み止めの注射です。毎年インフルエンザの予防接種は自分でやっていますが、あれよりかなり痛いですね。常日頃、患者さんには「ハイ!痛み止めです。ちょっと痛いですよ。」などと気合いを掛ける意味もあってややテンションを上げて言うことにしているのですが、自分に射すとなるとそうはいきません。
おおっ・・ムムッいててて・・・なんて感じて4カ所に射しました。と言うか1カ所は失敗しました。痛いので手が引けて針が抜けてしまったのです。少し経つと周囲が白くなってきました。ボスミンという血管収縮剤が効いてきたのです。ピンセットでソロッと触っても感じませんでしたが、何とも嫌な感じでした。そして針付きのナイロン糸で縫い始めたのです。何故かいつもと違って針の掛かりが悪いというか、今一力が入らず縫いにくいものでした。ジワッと汗も出て口も渇いてきました。4針縫ってようやく終了となりました。

 患者さんを10人くらい続けて手術したような疲れが残りました。

スタッフの1人に、ビデオに撮っておけば良かったのに、と冷やかされました。10年余り前に息子の足の怪我を縫う場面をビデオに収め、テレビ局に送ったところ、賞品やら賞金やら大変良い思いをしたことがあります。
今回はとてもそんな余裕はありませんでした。1週間後に抜糸の予定です。

200612
2006年12月03日(日) 昔の名前は「夕張炭坑病院」

 月日の経つのは本当に早いもので、今年もあと1ヶ月となりました。
半年以上、日記を書いていないと、来院される患者さんから「最近更新されてませんね。」と指摘をされてしまうこの頃です。思うことはあっても、元来、明日出来ることは今日しない、というあきれた性格だけに今日まで来てしまいました。

 最近気になっていることで、ちょっと変わったことと思われそうですが、北海道夕張市の財政破綻問題があります。テレビや新聞にもこの話題がしばしば登場していますが、市が630億もの借金を抱えて破産してしまったという問題です。

 実は、私は鎌ヶ谷で開業する前の2年間、もう15年以上前のことになりますが、札幌に住んでいた頃に月に2回、夕張市では唯一の公的医療機関である市立病院へ出張していたことがあります。朝8時頃に自宅を出て、ちょうど石狩平野を東へ横断するように走り、最後につづら折りの坂道を上り、トンネルを抜けると夕張市街に着きます。夕張市は南北に細長い盆地の中にあります。その頃には既に炭坑は全て閉山となっていましたが、いわゆる炭坑街という雰囲気は随所に残っていました。マウントレースイスキー場や、ちょっと夕張には不釣り合いの小洒落たホテルを右手に見ながら5~6分北へ走ると、市立病院がありました。9時半から30~40人程の患者さんを診察し、お昼の弁当を頂いて、帰路に就いていました。平成2~3年の頃でしたが、当時の人口は2万5千人くらいだったと思います。最盛期が12万人で、現在はその十分の一程度だそうです。

 有名な夕張メロンが特産ですが、その出荷時期だけ街道が少し賑わいます。ドライバー目当てにメロンを並べて売り出すのです。鎌ヶ谷でも秋には梨を売るのと同じです。デパートで買えば、当時でも1個何千円もするメロンでしたが、私が買ったのは300円から500円の物ばかりでした。1個100円なんていうのもありました。形がいびつ、へたが取れて無い、熟れすぎて日持ちがしない、というものばかりでしたが、味、色、香りは全く遜色ないものでした。

 テレビの報道番組では市立病院の副院長が登場し(院長はすでに辞職していたようです。)、「病院存亡の危機だ。」と訴えていました。知り合いに聞けば分かることですが、今では、きっと耳鼻科は廃止になっているのではないかと推測します。

 国からの締め付けは相当厳しく、転居可能な世帯はどんどん街を出ていっているようですが当然ですね。かつては黒いダイヤと呼ばれた石炭で賑わった街をはじめ、日本海側のニシン御殿、本物の金が産出され賑わった鴻の舞など、北海道はもともと栄枯盛衰が激しい土地柄と思います。テレビのコメンテーターは観光拠点にしろとか、映画村を作るなどという意見を述べていましたが、それはあの地域を知らない人の物言いと感じました。

 私の予想はきわめて悲観的で、10年後には市立病院はおろか、「市」そのものが消滅して近隣に吸収され「夕張地区」という名前だけが残されているように思え、寂しい気持ちにかられますが、いかんともしがたいのです。

200605
2006年05月31日(水) この領収書、何とかならんか!

 4月1日から、また保険診療の法律が変わりました。もっとも法律の改正は2年ごとに繰り返し行われて来たので、そのこと自体はどうということではありません。
日本の保険診療では、初診料は何点、再診料は何点、レントゲンを撮ると何点、と言った具合に事細かにすべてに点数化されています。そして来院された患者さんは、その点数の合計から個々の保険の給付率に合わせた一部負担金を計算し、窓口で支払っていただいているわけです。

 その点数が、2年ごとに変化するのです。中には消えてしまう項目もあれば、新設されるものもあります。そんな点数を1つ1つ医者はもちろん医療事務員でも正確に覚えきれるものではないので、最近では、多くの病院ではパソコンに登録して計算しているのが現状です。

 今回の医療法の改正では6ヶ月の移行措置期間を設けて、窓口での領収書の発行が義務づけられました。その内容はただ一部負担金の金額を明記するだけではなくて、保険点数も逐一明記することになっています。大病院ではこれまでも領収書を発行していた所も多く、とかく不明朗だと言われてきた医療費ですから私も以前から、そうすべきだと思っていました。

 先週から当院でも領収書を発行できるようになりました。ところがいざ領収書を出してみて私は大いに不満を感じています。領収書の紙が大き過ぎます。院外処方箋と同じA5サイズです。処方箋は薬局へ出せば無くなりますが、あの領収書を毎回渡されたら、どうお思いでしょう。どうしましょう。
大病院でたまに受け取る領収書ならまだしも、耳の手入れや、ハナのそうじに来院される患者さんが少なくない診療所には大げさ、と感じるのは私だけでしょうか?今のところ当院の窓口では「へええー」という印象だそうで、苦情はないようです。私ならそのうち、こんなの要らないと言ってしまいそうですが、その場合には所定の用紙に署名が必要なのだそうです!! ギャフン

200603
2006年03月20日(月) 老眼鏡の使用経験

 去年の暮れにとうとう、いわゆる老眼鏡を購入しました。
小岩で眼科を開業している高校時代の友人の所で、視力検査や眼圧、眼底など諸検査を受けました。医者が医者を診察するというのは、何かくすぐったい気持ちになるもので、まして昔の同級生ともなればなおさらであり、お互いが吹き出しそうになる気持ちを押さえながらの診察が行われたのであります。

 最後に、右が+1.0だの、左が+1.5だのとかブツブツいいながら眼鏡の処方箋をかいて、「これ持って眼鏡屋さんに行けばいいよ。高いのは必要ないから、1個2~3千円でも十分だよ。安いのをいくつか買っといて、その辺に置いておくと便利だよ」との仰せでありました。

 その友人の眼科医もそうですが、医者の多くは眼鏡をかけていて、眼鏡をかけるということに余り抵抗がないようです。ところが、私のようにサングラス以外の眼鏡は初めての者にとっては結構ストレスになるのです。確かに眼鏡を掛ければ細かい文字は大きくはっきりするのですが、回りはぼやけるし、常に鼻にひっかかっているのがうっとうしくなります。

 フレームは「NIKE」製で、細く少々若作りで、ちょっとお高めものにしました。そのうち使うこともあるかと考え診察台の引き出しにしまっておきましたら、意外に早くその時がやってきました。
 先日、ウナギの骨をノドに引っかけたおばあさんがやってきました。見えるのに上手くつまめず、内心イライラが募りました。試しにと、その老眼鏡を取り出し掛けてみますといやあよく見えますこと。すぐにウナギの骨を取り出すことが出来ました。

 嬉しいような、哀しいような変な気分でありました。

200510
2005年10月09日(日) 今はもう秋

 今日は連休の初日で外は雨です。前回この「気まぐれ日記」を書いてからもう半年が過ぎてしまいました。特別何かトラブルがあったわけではありません。従業員募集もうまくゆき、一息ついていたらもう夏が過ぎてしまったというところでしょうか。

 私は時々海釣りに行くので、しばしば船宿のホームページを覗いては、最近の釣果情報をチェックしているのですが、感心することに、船長が書いているのかホームページ担当者が居るのか知りませんが、多くの船宿で毎日の釣果をきちんと報告されています。大漁の日ばかりではなく、いや、大漁の日の方が少ないと思いますが、貧果が続いても、その日の天気や海の様子、釣り客のご機嫌など、色々書かれています。貧果が続いている時など、かえって書かない方が、お客が来るのでは・・・などと穿った見方をしてしまいますが、よく続けて書けるものだと思います。

 ところが、私が大学時代の友人と行く富浦の某船宿は、5月にイサキが釣れていると書かれてから、更新されずに今に至っており、来週行った際には、一言聞いてみようと思う次第であります。

 例年のことではありますが、少し涼しくなると医院の方では「はな垂れ坊主」が増えてきました。それと、スギほど有名ではなく患者さんもそれ程多くはないのですが、秋の花粉症の患者さんも来院されています。秋はブタクサやヨモギの花粉が知られていますが、中にはカナムグラという雑草が原因となっている方もいます。調べ始めたらキリがありませんが人それぞれ、色々あるものです。

200504
2005年04月17日(日) スタッフ募集

 今日、とある広告代理店に申し込んでおいたスタッフ募集広告が朝刊のチラシに載っています。今回から、広告料五千円アップでインターネットにも掲載されるとのことです。と言うことは、ついでにこのホームページをご覧になる方もいるわけだなと考え、昨日に引き続きこの日記に一言書いておこうと思った次第であります。

 開業医になると医師本来の仕事以外に、色々な仕事が覆い被さってきます。まさに院長兼、小使いなのであります。その中で最も重要であり、また悩みの種であるのが、この「スタッフ募集」なのです。開業以来、この“行事”は年に1~2回は繰り返されており、その度、広告原稿の打ち合わせ、場合によっては20人以上の方との面接、選考と不採用者へのお詫びと履歴書の返送、などの雑務が発生し、これが花粉症の時期とダブろうものなら、思わず「何処か遠い国へ旅に出てみたい」状態になるわけです。

 当院のスタッフの中には、10年勤続で鎌ヶ谷市医師会から表彰された、誠にありがたい方もおりますが、中には1日で辞めた、3日で辞めたという不届き者も過去にはいました。このような事態だけは避けたいと願っておる次第です。

2005年04月16日(土) まだちょっとハナが出るなあ

 ようやく下火になりました。前評判通りに今年のスギ花粉症は大変でした。
夜10時に診療終了となった日もありました。これって、何か変だなと感じながら診療に追われた1~2ヶ月でありました。私自身花粉症ですので、○○と××を内服し、△△を鼻に噴霧して、□□を点眼して、さらにこれが一番大切なのですが、鼻の形に曲がるマスクを装着して花粉症対策の説明に追われる毎日でした。説明しながら半分本気で思ったことは、やはり関東一円のスギの木を切り倒す事が、この地域における根本的な解決策ではないかということでした。

 こんなにスギ花粉が飛ぶようになってしまったのは戦後の大量の植林が原因であることは事実であり、これまでいろいろ薬が開発されてきたものの、これぞと思われる特効薬はこれまで出てきてないし、今後も当分無いでしょう。にもかかわらず、毎年新規の花粉症患者が数多く発生し、いったん仲間入りとなれば毎年のこととなるわけで、来年は今年ほど花粉は飛ばないにしろ、数年後にはまた同じか、それ以上の事が繰り返されるのは必定で、バッカじゃなかろうかという気分に浸ってしまうのであります。

 それともう一つ気になっていることは、本来なら再来すべきはずの患者さんが来ていないこと。きっと、ごった返す受付を見て、諦めて帰ってしまったのだろうと思います。医者の頭の中は、日々いろんな患者さんを診察し、様々な所見を視ているわけですが、どうでもと言ったら怒られそうですが、大したことのない所見はすぐに忘れてしまいます。その代わり、気になる所見があると、その患者さんの顔は忘れてもその所見だけは覚えているものです。そんな患者さんが数人来ていないようで、変に気になる今日この頃であります。

200502
2005年02月23日(水) スギカゼインフルエンザ・耳鼻科医ふんばる

 先日、実は蔵王に行って樹氷を見て来ました。北海道生活が長かった私は、氷点下で起こる様々な光景には慣れていたはずでしたが、樹木がそのままモンスターのようになっている樹氷には感動しました。北海道でも見たことはありませんでした。気温以外にも、標高、湿度、強風など色々な条件が重なってできるのでしょう。山頂付近は雲が切れることはなく、強風が吹き付けていました。月山や鳥海山は見ることが出来ませんでしたが、なぜか映画、「たそがれ清兵衛」のバックの風景が思い出されました。

 今日は関東地方に春一番が吹き荒れ、とうとうスギ花粉症の本格的シーズンとなったようです。私は1週間前から薬を朝晩飲み始めており、まだ平穏であります。まさかこの調子でシーズンを乗りきれはしないと思いますが、ゴーグルとマスクも使って、3月中旬にはもうひとつ更に薬を内服すれば何とかなるでしょうか?毎年毎年、いい加減に何とかならないのか、と思うのは私だけではなく、小泉総理大臣も同じだそうです。

 インフルエンザも2月になって流行ってきました。ここだけの話ですが、今年はとうとう私自身への予防接種をしそびれてしまいました。ちょっと不安な毎日ですが、今のところ大丈夫です。毎日インフルエンザの患者さんに接しているうちに自然と免疫が付いていると良いのですが・・・。そんな事を書いてある教科書は見たことがありませんが・・・。

 そもそも、インフルエンザの予防接種の効果は完璧なものではないのです。きちんと2回接種しているのにもかかわらず、インフルエンザになったお子さんを目の前にして悔しがるお母さんが1人や2人ではありません。もちろん予防接種はやるなと言っているのではありませんし、受けた方がよいとは思いますが、そんなわけで、今のところ当院では、保健診療でもない予防接種乗務を行う予定はありません。悪しからず。

 さらに、いわゆるカゼも例年通り流行っております。
何とかこの体調を維持して2月、3月を乗りきりたいものです。時間帯によっては診察までに、相当お待たせしていることもあろうかと思いますが、お許しの程御願いいたします。

200501
2005年01月05日(水) 明けましておめでとうございます

 大晦日には吹雪模様の雪で、そこら中が大渋滞でした。愚妻の誘いに乗って買い物に出かけた私は、えらい目に遭いました。年が明けてからは、窓から見える空は青く澄んではいるものの風が強く、この休みは釣りにも行けずに終わりそうであります。

 年末から私はハナ風邪状態でしたが、生活のリズムが狂ってしまっているのと、はっきり言ってアルコールの過剰摂取のせいでしょう、未だに治りません。ハナをかむと血が出るのです。仕事柄、鼻血が出ると言って来院される患者さんを私は毎日診察しているわけですが、実際白いティッシュにパッと血液が飛び散っているのを目の当たりにするのは、あまり気持ちの良いものではありません。きっと、キーゼルバッハ部位と呼ばれるところから出ているのだろう、と高を括っておりますが、自分で自分のハナの中の診察は簡単ではなく、後鼻漏と合わせてちょっと気になるこの頃であります。

 空気が乾燥するこの季節は、鼻や喉には負担が大きくなる時期であります。今のところ、インフルエンザの発生は散発的のようですし、去年恐れられ、さかんにマスコミにも取り上げられていたSARSの話も聞きませんが、今後の天候次第といったところでしょうか。

 一方、去年からさかんにマスコミに取り上げられている話題が、スギ花粉症です。史上最高の飛散量とか、前代未聞の蕾の量、などといってその恐怖心を煽るような報道が目に付きます。ただSARSと違って死ぬような病気ではないためか、その報道には、少し可笑しさを伴っているように感じてしまうのは不謹慎でしょうか。もちろん!? 私も5年ほど前からスギ花粉症の仲間入りをしてしまい、季節になれば1~2種類の内服薬とスプレー、点眼薬に頼っているのであります。確かに、一昨年、去年と花粉の少ない年が続きましたし、去年の夏は猛暑となり、今年は暖冬とのことで、花粉が増える条件にピッタリです。

 毎年12月になると少しは花粉が飛び始めるため、非常に敏感な患者さんが、ハナが変だといって来院されますが、今回はそのような患者さんが例年より目立ったのも気になるところです。花粉飛散量予測は地域によりかなりばらつきがありますが、船橋地区の予想は、2000年や2001年位になるだろうとの事です。

 もっとも確実な治療法は、転地療法です。過去には、「札幌の実家に帰る。」と怒りながら帰った患者さん、「ハワイの別荘に行く。」と笑いながら帰った患者さんがいらっしゃいました。羨ましい限りです。それが叶わない私を含めた大部分の方々は、しっかり薬を飲んで、外出時にはマスクとメガネの着用、ツルツルの服を着て花粉をなるべく付着させないこと。天気が良くて思わず日光浴に出掛けたくなる時はぐっとガマンで、家の中で待機です。それでもどうしても出掛けたくなった時にでも、山は決していけません。私は4年前に青梅の梅園に出掛けて、悲惨な目に遭いました。メガネもマスクも薬も何も効きませんでした。グショグショ、ボロボロになってしまいました。スギの木がない海へ向かいましょう。海岸や海上に出て、気晴らしに釣りでもしましょうか。

200411
2004年11月03日(水) 専門医、認定医

 私は現在、日本耳鼻咽喉科学会専門医と、日本気管食道科学会認定医という肩書きというか資格を持っています。
今から20年くらい前から耳鼻科に限らず、各科で○○専門医とか××認定医という制度を作り始めました。全科合わせるとそんな資格がいくつあるものか、50や60では済まないかも知れません。私が持っていない名称でちょっと良いなあと思うものには、アレルギー専門医とか甲状腺専門医、等という資格もあるようです。

 ところが、少なくとも私が持っているこの2つの資格で何か特典でもあるのかというと、全くありません。専門医だから鼓膜切開が出来るとか、認定医だから診断書が書けるといったことではないのです。もっとも私がこの資格を取った当時は、履歴書と認定料・ン万円を支払っただけでなれてしまったので、大きな事は言えませんが・・・。現在では専門医試験があり、ポツポツ落ちている医師もいるようです。専門医通信という小冊子があり、時期になると試験問題が掲載されるので時々覗いてみるのですが、その度、ああ早く専門医になっていてよかったと思う始末です。

 またこの資格には更新という制度があります。医師免許は一度取得すれば、相当悪いことをしない限り剥奪さることはない凄い!?制度があるようですが、専門医や認定医は5~6年毎の更新のため、条件をクリアしないと資格を喪失してしまいます。それにはまず、認定料ン万円を支払わなくてはなりません。資格をいくつも持っていると更新料もバカにはできません。

 またその期間中に学会出席、学会発表、論文作成などの実績を積み上げ、それぞれポイント化された点数を一定以上稼ぐことが義務づけられているのです。学会でもその規模によって点数が異なります。日本耳鼻咽喉科学会総会だと点数が高いのです。大きな学会といっても日本医師会総会ではダメだと思います。東京近郊に住んでいれば学会も数多く開催され、点数は稼ぎやすいのですが、地方に住んでいる医師にとってはけっこう負担になる方もいるようです。

 大学病院や地域の基幹病院で仕事をしている場合は、特別な配慮がなくてもそれらの資格を取ることは可能です。しかし逆に、開業医となると今のところ資格は医師免許だけで必要十分ですし、むしろもっと別な資格が必要とも思われるこの頃です。

 耳鼻咽喉科学会の専門医は、多くの耳鼻科医が取得しており、日々の常識的な活動の中で更新できてしまうものです。平日の夜、耳鼻科の会合が開かれることもありますし、週末には東京近隣では毎週のように何かしら研究会のような会合が開かれております。1つ1つの点数は少ないですが、出席さえすればそれなりの点数が加算され、OKであります。

 一方、それに比べ気管食道科学会の認定医というのは、けっこうマニアックです。私の大学時代の恩師である教授も、発足当初に、この認定医制度はハードだと漏らしておりました。全国の耳鼻科医の中でも、数百人程度のものだと思います。こんな資格は開業医にとっては必要ないと思いつつも、一旦取った資格を流してはもったいないとも思い、毎回更新しております。

 今月26日は午前中、休診にして出席カードを出しに行って参ります。知らずに来院される患者さんもいらっやると思いますが、悪しからずご了承下さいませ。

200408
2004年08月15日(日) 夏休みです

 本日・15日から22日まで、夏季休診になります。ご了承下さい。先週後半、世間はお盆休みになっていたためか、流山市や野田市から来院された患者さんがいました。隣接している松戸や柏から来院されることはしばしばですが、そこを飛び越えて来られることはちょっと珍しい。聞けば、病院がやっていなかったとのこと。全くやっていなかったわけでもないと思いますが、見当たらなかったのでしょう。患者さんからすれば、病院は1年・365日、24時間診療している事に越したことはないでしょう。

 私の場合は、出来ることなら私と同じような耳鼻科医がもう1人いて、1日置きくらいに働ければちょうど良いのに、とこの頃しばしば思います。ところが、2人でやるというのはなかなかうまくいかないことが多いそうです。夫婦で開業されている先生もいらっしゃいますが、だんだん奥さんの方が偉くなってくるようです。知人に、奥さんが眼科医というのがいます。早く、○○眼科耳鼻科医院をやりなさい、とアドバイスをするのですが、その輩はガラにもなく、未だに大学病院にしがみついております。自分の子供に後を継がせる、というのはよくある話で気持ちもよく分かるようになりましたが、それを待っていては自分の人生は、ほとんどがそのための待ち時間で終わってしまいそうです。

 休診日を知らずに、あるいは忘れていて(診察券には書いてあるのに。)来てしまった、という話を後から聞かされ恐縮するのですが、当面は割り切って必要とあらば、休診にさせて頂くことになります。休診だからといって遊んでいるばかりでは決してありません。開業医は院長兼、小使ですから雑用も結構多いのです。学会にもたまには出席したいのです。明日からは家族でちょっと旅行に出ますが・・・。

 数日前に、開業3年目の後輩に鎌ヶ谷の梨でも送ってやろうと、夏季休診の確認の電話をしましたところ、電話に出た受付嬢は「明日です。」という返事でした。「明日からいつまでですか。」と聞き直すと、「明日だけです。」との答えでした。しかもその明日というのは土曜日で、元々半日しか診療していない日の事でした。彼は、敬虔なクリスチャンだからなのか、経営状態がはかばかしくないためなのか、と私は思わずウーンと唸って、一番大きくて甘い梨を10㌔送ってやりました。アーメン!

200405
2004年05月16日(日) 久々の登場です

 実に久しぶりの日記となります。色々な人から最近更新されていないですねと言われ続けてまいりました。今年3月で鎌ヶ谷市医師会の理事もお役御免となり、ホッとしているところですが、一方この日記を書いていないのがジワジワと負担になってきた、この頃でした。

 私は休日には時々東京湾の船釣りに行きますが、最近では殆どの船宿にはそれぞれホームページがあります。その情報は釣り人にとっては結構参考になるもので、その船宿の地図を始め、釣り方やら、仕掛けの作り方や、魚の料理法やら、事細かに書かれています。
その中でも私が特に感心するのが毎日の釣果速報です。釣果と、海の状態、釣り人の反応など多くの場合デジカメ写真付きで掲載されているのです。私は結構いい加減な性格で、ともすれば、明日できることは今日はやらないタイプの人間ですので、良くもまああのように毎日更新できるものでと感心している次第です。とてもそのようなマネはできませんが、もっと簡単に短く書くように改めようかと思っております。

 とりあえず最近感じていることを書いておきます。今年ほどスギ花粉が少なかった年はめずらしいと思います。専門的なデータを見たわけではありませんが、私が開業して以来、最小ではないかと思っています。現在はイネ科の花粉が飛び始めました。以前にスギが少ない年でイネ科がやけに目立った年がありました。今年は平均気温が高いためと思いますが、いつもより早めにイネ科花粉が飛んでいるようです。スギ花粉に比べるとあまり知られていませんが、梅雨時までうっとうしく感じる患者さんは内服薬の使用をお奨めします。

 中耳炎は段々良くなる季節です。冬の間治らなかった中耳炎が治るチャンスです。薬や医療行為に期待すると言うより、季節に期待するという何ともヤブ医者的意見です。でも本当ですよ。今日はこの位にしておきます。

200309
2003年09月24日(水) 「中核」昔過激派、今病院

 先月、3年後を目指して鎌ヶ谷市の「中核」総合病院建設が本決まりになりました。場所は現在の北総線・新鎌ヶ谷駅の北側一帯だそうです。市からの補助は一切無い248床の民間病院です。民間病院の割には市の意気込みは相当なものでした。なぜでしょうね。高度医療、先進医療、24時間対応救急医療などと聞こえの良い言葉が並んでおりました。

 これだけは言っておきましょう。夜間に耳が痛い、鼻血が止まらない、のどに魚の骨を刺した、といってその病院に飛び込んだとしても、耳鼻科の専門医が登場して診察する事はほとんどないと思います。そんな当直体制をとっていたら病院はすぐ潰れてしまいますし、そんなところに就職する耳鼻科医はいません。
小児救急が最近話題になっておりますが、小児科の専門医だって常に当直しているとは限らないでしょう。まして耳鼻科医など、総合病院というからには耳鼻科もあるでしょうが、常勤医はいるのかな、手術をしてもらえるのかな、といったところでしょうか。それでも、なんにもナシの梨の街・鎌ヶ谷というよりはマシかな!

 初富保健病院、東邦鎌谷病院とあるのに、また出来て、さらに大型スーパーもできるとか・・・。将来の鎌ヶ谷はやはりあの辺が「中核」になるのでしょうか。

200307
2003年07月31日(木) 夏休み中の受診は午後3時から5時が狙い目です

 今日で7月も終わりというのに、まだ梅雨が明けない変わった夏休みになっています。医院の待合室は、これまでとガラッと変わって午前中が混雑しています。学校や幼稚園が休みですので、親子で午前中に来院するわけです。
一般的に病院を受診する場合は、午前中のしかも早い方がよいと思います。診察医も人間ですので時間が経てば疲れても来ます。ここだけの話ですが、始まって10人目くらいがベストと思います。いつでも1番でないと気に食わない患者さんがいますが、最初は医者の方の調子が上がっていません。30~60分くらい経ったころが、針を刺すのも切開するのもうまくいくように思っています。最初だから失敗すると言うほどではありませんが・・・。

 ところが、患者さんの中には、耳掃除や定期的な聴力検査のために来られる方も少なくなく、この場合は混雑する午前中ではなく、午後3時から5時の間が狙い目です。ほとんど待ち時間無しでの診察が可能です。わざわざ込んでるときに来院してたっぷり待たされては、イライラも募ります。

 それでも8月の後半になりますと、感染症の多くが治ってきて、午前午後を問わず外来はすいてくるはずです。学校や幼稚園での病気のうつし合いが無くなってよくなってくるのです。8月と9月は、ハナ垂れ坊主やハナ垂れお嬢ちゃんが最も綺麗になる季節になります。

200307
2003年06月08日(日) 学校健診の季節

 とうとう5月はこれを書かずに過ぎてしまいました。毎年のことですが、5月・6月は学校検診の月です。地元医師会に属している耳鼻科医は、大抵、複数の学校医を担当しており、診療の空き時間を利用して各学校に出かけては、数百人の児童を診察しています。私は5月7日と14日にそれぞれ600~700名ほどの診察をしました。学校保健法では基本的には1人1校で、各学年を診察することになっているのですが、耳鼻科でそれを守れているところがあるのかどうか私は知りません。千葉県では、小学校は1,3,5年、中学校は1,3年となっています。

 生徒を目の前に立たせて、私は生徒の身長に合わせて立ったり座ったり、ミミ、ハナ、ノドの順番で1人約20秒程度で、正に片っ端から視ていくのであります。時々、生徒に「ハナつまる?」とか「ミミの聞こえはどう?」などど質問しても答えが返って来ることはほとんどありません。自分も昔はそうであったように、変なおじさんの前からは早く立ち去りたいし、警戒して黙秘を決めこむのであります。

 1校に2~3人、「よろしくお願いします」から始まり、「ありがとうございました」と言って去っていく子供がいます。思わず、親の顔が見てみたいと感心するわけです。ひととおり診察が終わると、校長先生にご挨拶をしてその年のお務めが終了となります。

 毎年学校検診が終わるとホッとした気分になるのですが、街に耳鼻科医が1人もいない時代ならいざ知らず(事実、昭和50年代まで鎌ヶ谷には1件も耳鼻科医院はありませんでした。)、このようなベルトコンベアーに乗せたような診療まがいの行為は、いずれ廃止すべきではないかと思います。”学校医”ももっと別な利用法があるように思います。

 現在医院の方では、その後始末に追われているところです。検診した中で最も多い病名はいつでも「耳垢」で、せっせとミミアカ取りに励むこの頃であります。

200307
2003年04月16日(水) 一部負担金の変更

 4月から保険診療における一部負担金の制度が変わりました。1つは健康保険本人に対しての負担割合が2割から3割になったことです。5~6年前までは1割だったのですからアッという間に3倍に値上げされたということになります。
これに対して日本医師会は一貫して政府に反対してきたのですが、全然と言っていいほど相手にされませんでした。さらには開業医の収入が減るのを気にして反対するのだろう、などという情けない論評まで新聞に掲載される始末でした。
確かにこの問題は医師会ごときが反対することではなく、日本全国何千万人かのサラリーマン自身がこぞって反対すべきだったのでしょう。そうすれば、政府もそんな法案を通すことはできなっかたはずです。毎月の収入から、保険料として一定の額を天引きされているのですから、病院には気楽に受診できるような状況にあって良いと思うのですが・・・。

 もう1つは乳幼児に対する助成が千葉県から行われるようになったことです。3歳未満の乳幼児は、各自治体から発行される受給券を提示すれば1回200円で済むという制度です。ところが余裕のある自治体では4歳未満まで200円という制度を採用しています。鎌ヶ谷市の近隣・市川、船橋、松戸、柏などがその制度を採用していて、当院には両者が入り乱れて受診されています。たった1歳の違いではありますが、私はずいぶん不公平な話だと感じます。

 現在、鎌ヶ谷市は白井市や印西市との合併を模索しているそうです。いまのところ3市とも「3歳未満」を採用している自治体で、要するに余裕のない自治体同士が話し合いをしているのであります。

200307
2003年03月12日(水) 天気晴朗なれど花粉多し

 ただいまスギ花粉症のピークを迎えています。このところ晴れて風の強い日が続いており、花粉が舞い上がるには絶好のコンディションとなっております。NHKのスギ花粉情報でも、関東一円は真っ赤に染まっています。
私も内服薬と目薬、鼻のスプレー・いわゆる3点セットで毎日をしのいでいます。それとマスクとサングラス、これだけでも目や鼻に付く花粉の量は半分以下になるのだそうです。私の場合は今のところスギだけですので、あと3週間くらいでしょうか。やれやれ・・・。

 以前は、スギ花粉の飛散量は隔年周期で増減を繰り返すと言われていましたが、ここ3~4年は毎年大量飛散になってしまっています。地球の温暖化と、戦後にせっせとスギを植林した影響なのでしょう。それでも今年は去年に比べ、それこそ悲惨な患者さんは少ないように思います。そのかわり小児の花粉症が目立ってきています。幼稚園児が目を腫らし、ハナをグズグズさせて来院します。生命を脅かす病気ではありませんが、一度発症すれば毎年のこととなり可愛そうに思います。

 3月は花粉症以外にも、風邪やインフルエンザに合併する中耳炎や副鼻腔炎の患者さんが来院され、外来が混雑しています。患者さんから「いつが空いているのか」と聞かれる事があり、答えに困ってしまいます。雨の日、春休みになったら午後の方が少しはまし、土曜はできれば避けた方がお互いのため、などと答えるようにしています。私も、時折鼻のスプレーを実演しながら頑張っておりますので、ご寛容の程、お願いいたします。

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2003年02月02日(日) 見えない侵入者

 インフルエンザが流行っているようです。去年の同じ時期と比べて3~4倍の患者数なのだそうです。誰がどうやって数えたのかよくわかりませんが、しかも特効薬が品薄状態で緊急輸入をするのだそうです。そんな事をニュースで取り上げるものだから、元気な患者さんでも「一応インフルエンザの薬を下さい。」とか、「ここにはまだ薬があると聞いたので、松戸から来ました。」などという、目をパチクリしてしまうようなケースも起こっております。

 数年前なら患者さんを診察して、それなりの症状と所見があれば「インフルエンザですね。」とお話して、痛み止め、鼻水止め、咳止め、それに根拠はないのですが抗生物質も少し出して(ウイルスに抗生物質は無効です。)治るのを待っていたものです。現在では鼻水を採取して検査キットに垂らすと、数分でインフルエンザのA型かB型かまでを判定することが出来てしまいます。検査をしている私自身もフーンと感心する始末です。

 先日、内科の某先生にこれらの事をお話したところ、「だから何だって言うんだ。オレは、検査もしないし、薬も出さない。医療費が上がるだけじゃないか。」と怒るように話しておりました。これも真実。
 さらにもう一つ。今年は「花粉症の予防薬を!」と希望されて来院する患者さんがやけに多く、しかも早い。花粉症に特別な予防薬があるわけではありません。毎年飲んでいる薬を、症状が出る前から飲んでいた方が効き目がよい、と言うだけの話です。テレビや新聞で、花粉、かふん、カフンと聞いただけでも何となく鼻がムズムズしてくる、と言われた患者さんもいました。花粉症の患者さんは、毎年明らかに増加しています。早めに薬を飲むことに異論はないのですが、医療費と言う点から考えると無視できない問題もあります。元々は、まさに国がまいた種ですが。

            ・・・そろそろ私も薬を飲み始めましょうか・・・・。

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2003年01月08日(水) 今年の初夢

 
新年明けましておめでとうございます。今年は1月6日・月曜日から診療を始めております。毎年のことですが、年の暮れはどこの病院も忙しく、とりあえず正月休み前に1度病院へ行って薬をもらっておこう、という患者さんが増え、年が明けると病院も開いているという安心感と、学校や幼稚園での病気のうつし合いが無くなるためか病気も小康状態となり、病院は少し暇になります。

 しばしば「年末年始に具合が悪くなったらどうしたらよいか。」という質問を受けますが、現在の所、鎌ヶ谷市独自の日曜、祭日、夜間における医療体制は何もなく、船橋市と共同で船橋駅北口近くの保健センターで夜間診療を行っているのが現状です。私も順番で、準夜帯に診療することがありますが、耳鼻科医としてではなく、外科系として出動しています。こうなると「耳痛い」は得意なのですが、「転んで足をぶつけた」とか、「チンチンが腫れて痛い」となると急速に勢いが無くなってしまうのです。

 千葉市では各科の夜間休日診療体制が出来ていますし、私が以前に住んでいた札幌市(人口160万)でも各科の診療が可能でした。医療の面からすると、各自治体が大型合併を断行して「さいたま市」ならぬ「とうかつ市」でも立ち上げてくれるとやりやすくなると、夢想する正月休みでした

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2002年12月15日(日) 鎌ヶ谷市医師会福祉担当宴会係

 新年明けましておめでとうございます。今年は1月6日・月曜日から診療を始めております。毎年のことですが、年の暮れはどこの病院も忙しく、とりあえず正月休み前に1度病院へ行って薬をもらっておこう、という患者さんが増え、年が明けると病院も開いているという安心感と、学校や幼稚園での病気のうつし合いが無くなるためか病気も小康状態となり、病院は少し暇になります。

 しばしば「年末年始に具合が悪くなったらどうしたらよいか。」という質問を受けますが、現在の所、鎌ヶ谷市独自の日曜、祭日、夜間における医療体制は何もなく、船橋市と共同で船橋駅北口近くの保健センターで夜間診療を行っているのが現状です。私も順番で、準夜帯に診療することがありますが、耳鼻科医としてではなく、外科系として出動しています。こうなると「耳痛い」は得意なのですが、「転んで足をぶつけた」とか、「チンチンが腫れて痛い」となると急速に勢いが無くなってしまうのです。

 千葉市では各科の夜間休日診療体制が出来ていますし、私が以前に住んでいた札幌市(人口160万)でも各科の診療が可能でした。医療の面からすると、各自治体が大型合併を断行して「さいたま市」ならぬ「とうかつ市」でも立ち上げてくれるとやりやすくなると、夢想する正月休みでした

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2002年11月14日(月) 一部負担金の話

 10月からまた医療保険制度が変わりました。分かりやすく言えば病院に支払う値段のことです。これは厚生労働省の中央社会保険医療協議会というところで決めているそうです。初診料、再診料をはじめ、耳垢を取ったらいくら、喉に引っかけた魚の骨を取ったらいくら、といった具合に細かく決められていて、その一部を負担金として、患者さんが病院の窓口で支払っているわけです。負担する割合は、その患者さんが加入している保険の種類によって異なり2割であったり、3割であったりしています。

 日本の景気がよかった昭和40年代には健康保険の本人や老人保険では0割、つまりタダという時代があったそうですが、これからはそうはいかなくなります。少子高齢化で労働人口が少なくなり、保険を下支えする人間がいなくなるのですから、高齢者の負担が増えるのです。しかも10月からは、老人保険ではその患者さんの収入の程度により負担金が1割か2割かに分類されるという、これまでにはなかった制度になりました。

 そのかわり、といっては語弊がありますが少子化の影響でしょうか、3才未満の乳幼児の負担が3割から2割に減りました。さらに千葉県では来年4月からその負担金を肩代わりしてくれそうですので、負担金はほぼ0割になりそうです。よい話ではありますが、北海道では私が開業する前からそうでしたし、都内23区では未就学児は無料ですので、この程度で喜んではいられません。江戸川を越えると地代は下がるが、病院への負担金は上がるという事で、当院窓口でも怪訝そうな顔をするお母さんもいるというスタッフの話です。

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2002年09月30日(月) 

 先月末で、当院事務職員の宮迫さんが結婚を機に退職しました。3年余りにわたり、受付やパソコン業務、看護助手など医院全般の仕事をしてもらっていました。今回は、期日が決まっており後任もスムーズに採用できましたので、ホッとしていますが、開業医になって最も悩むことは、従業員対策です。

開業以来、もう何百人の応募者と面接したことでしょうか。採用しても1日で来なくなった人、3日で辞めた人、急に妊娠して来なくなった人、今ではかなりのレベルまで達観できるようになりました。ある時、中学時代の悪友に「おまえは、ハーレムのようなところで仕事が出来ていいなあ。」と言われたことがあります。私は「フフフ・・・。」と笑うだけで、言葉を返す気にもなりませんでした。

次に煩わしいのが、保険診療報酬の問題です。簡単に言うと保険点数のことで、患者さん側から言えば、病院の窓口で支払う料金のことです。10月からまた規則が変わります。4月に変わったばかりです。来年4月にも変わるはずです。今日は9月30日ですが、当院のスタッフが居残ってパソコンソフトの変更を行い明日に備えておりました。私はコーヒーとサンドイッチと小さな花束をおいて先に帰ってきてしまいました。なぜなら私には全く操作ができないからです。この話の続きは来月にしましょう。

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2002年08月28日(水) 久々の再登場 

 久しぶりの日記となってしまいました。4ヶ月ぶりです。最近色んな人から3月で止まっているよ。との指摘を受け続けておりました。

 言い訳にもなりませんが、4月から鎌ヶ谷市医師会の広報・福祉担当の理事になってしまいました。理事というとちょっと聞こえは良いかもしれませんが、殆どなり手はいないのです。医師会に入会して10年経ったので仕方ないかな、などと仏心を起こしてしまうと、アッという間に推薦されて、このような言ってみれば雑用係を任命されてしまうのであります。
医師会とは何ぞや? 未だに私にもよく分かりません。開業医になる時には普通、入会するものらしいので入れていただいただけなのです。お暇な方は下記のアドレスをクリックしますと鎌ヶ谷医師会のホームページにアクセスすることが出来ます。

http://village.infoweb.ne.jp/~fvgh3260/

 最近の理事としての任務は、週2回を目標に市役所裏の4階にある医師会事務所に出向くこと、月2回の理事会に夜8時から2時間ほど出席すること、月1回の市との定例打合会に出席すること、月刊の医師会広報の後書きを書くこと、市で行っている健康相談などに適任の医師を派遣すること、秋の医師会親睦旅行を計画すること、忘年会の設定をすること、であります。

 そういうわけで「気まぐれ日記」が書けなくなってしまいました!?これからまたぼつぼつ書き始めることにしましょう。

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2002年03月21日(木) 花粉が街にやってきたpart2 

 やはり今年はスギ花粉が猛威をふるっています。スギ花粉は1年おきに豊作と不作があると言われておりますが、この数年は増加の一途と言う感がしないでもありません。

 花粉の飛散量を調べるために、専門家は毎日、野外に1日放置していたプレパラートを顕微鏡で観察しながら花粉の数を数えます。毎日毎日その作業を繰り返し、1年通じての飛散量が明らかにされるわけですが、そんなことばかり続けていると、プレパラート上の花粉を見ただけで様々な植物の名前を言い当てたり、道ばたの雑草の名前を次々答えるような植物学者のような耳鼻科医も出てきます。

 花粉症を引き起こす植物のほとんどは、花粉が風に乗って運ばれる風媒花ですが、リンゴ農家やイチゴのハウス栽培などにみられる職業性の花粉症もあります。ブタクサの花粉の飛散距離は1キロほどと言われていますが、スギは100キロも飛び、津軽海峡も飛び越えるそうで、さすが?という感じさえします。

 桜の花が散る頃にはスギの花粉も飛び終わると言われております。今年は桜も2週間ほど早く開花し、高温続きということもあり、あっという間にもう満開だそうです。今月中にスギ花粉は下火になりそうですね。ヒノキの花粉症も持っている人はあと1ヶ月辛抱が必要です。

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2002年02月13日(水) 花粉が街にやってきた

 2月も半ばとなり、光の春と言われるこの頃になると、関東地方には毎年の事ながらスギ花粉が忍び寄ってきます。スギ林は日光や箱根などが有名で江戸時代にもあったはずなのに、何故近年このように花粉症の患者さんが増加したのでしょうか。その理由としては、現代の食生活や居住環境、スギの植林事業、大気汚染(特にディーゼルエンジンからの排気ガス中の粒子)等が関係していると考えられています。

 非常に敏感な人は、花粉が1粒鼻の中に入っただけでも、アレルギー症状が出ると言われています。また去年まで何でもなかった人でも、今年から新たに発症する可能性はあり、1度発症するとなかなか治らないため、年々花粉症仲間が増えていく訳なのです。

 10年前まで北海道に住んでいた私は(北海道にはスギの木はほとんどない。)、毎年繰り広げられるこの「騒動」を対岸の火事の様な気分で眺めていましたが、いざこの中に飛び込んでみると呆れてしまいました。シーズン中は来院される患者さんの2人に1人は花粉症の患者さんです。これは病気と言うより、公害ではないかと感じております。

 そしてついに私も、去年から仲間入りを果たしました。まさかと思いながら血液検査をしてみたら、スギの抗体がちゃんと陽性になっているではありませんか。7~8年前には陰性だったのに・・・ヤレヤレ。私は先週から薬を飲み始めています。

 今年は暖冬でしかも去年の夏も暑かったので、花粉の飛散量は多めのようです。皆様にも早めの対策をお勧めいたします。

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2002年01月17日(木) 季節と病気

 早いもので、新年があけてからもう2週間が過ぎ、医院を現在の場所に移転してちょうど1年になりました。以前から当院へ通院されている方々の印象は如何なものでしょうか。待合室は約3倍の広さになりましたし、鎌ヶ谷駅東口の整備も進み、少しは心が和む景色になったように思います。しかし日によっては、診察までの待ち時間が相当長くなってしまい、ご迷惑をお掛けし申し訳なく思っています。

 ところが毎年のことですが、今の時期少しだけ病院がヒマになります。今日の診察中にも、「あれ、誰もいない!」と歓声を上げながら待合室に入ってきた男の子の声が聞こえました。今日は、せいぜい10分程度の待ち時間で診察が出来たのではないかと思います。この理由はお正月でそれなりにリラックスして、あまり他人と交わらなかったためだろうと私は思っています。学校、幼稚園、保育園が始まるとまた風邪のうつし合いが始まり、鼻を垂らして中耳炎になるというパターンが出来上がるのです。

 2月、3月になると、これも例年通りのスギ花粉症が始まり、耳鼻科は中耳炎の子供と花粉症の大人が入り交じって混乱状態となるのです。

 以前に皮膚科の堀江先生が「私は季節労働者だ。」と言われておりました。皮膚科は耳鼻科と反対で、人が肌を出して歩き始める春から夏にかけて忙しくなるのだそうです。

 季節の変化が大いに病気と関連しているようです。

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2001年12月17日(月) 医療の値段

 小泉内閣の誕生以来、構造改革という言葉が連日、新聞やテレビを飛び交っています。
その割には今のところ、目立った改革がなされたようには思いませんが、要するに国にはお金がないので良いサービスは出来ない、国民からは今までより多くお金を徴収しますが我慢しなさい、と言うことだろうと私は感じています。このような内閣が高支持率を維持し続けているのは不思議にも思います。

 この構造改革の一つに、医療制度改革という項目も入っています。簡単に言えば医療費をいくらにするかと言うことです。元々、これまでも医療費は基本的に2年おきに改定されてきており、来年はその年に当たります。厚生省と日本医師会と保険の支払基金の代表が協議をして決めるようですが、詳しいことは知りません。

 初診料、再診料をはじめとして、耳鼻科であれば、耳の掃除、鼻の掃除、のどに刺さった魚の骨の摘出の値段など事細かく決められています。私は、このような仕事をしているのに申し訳ありませんが、一つとして正確にいくらと言うことが出来ません。それ程細かくしかも頻繁に改定されているのも事実です。そのため2年ごとに、医療費専用ソフトを購入してはパソコンに入れ込んでいるのです。

 来年から老人の医療費が値上げとなりますが、これはいままでもじわじわと上がって来たことです。さらに老人とされる年齢制限が上がります。そうすることにより国の支出を抑えようと言う考えです。これからの、老齢化社会に拍車がかかる事に対する防衛策でしょう。

 多くの会社員が所属している健康保険本人の自己負担割合は、昭和40年代では0割、つまりタダだった時代もあったようです。タダがよいわけでは決してありませんが、それが1割となり、数年前に2割とアップし、来年は見送られたようですが、近いうちに3割負担になるのは決定的です。毎月の給与から天引きされている社会保険料も、知らぬ間に値上げされていますので、二重の値上げとなるわけです。

 先日、国会の党首討論で志位共産党委員長が、「患者さんの自己負担率のアップは病院への受診抑制へつながり、健康を損なう恐れがある。」と指摘していました。小泉首相の意見は「安すぎると何でもない人まで、病院にかかって医療費が無駄になる。」でした。患者さんは、何でもないかどうかわからないから病院に行くのです。不安があるから行くので、何でもないかどうかは病院が判断することです。本当に元気なら、だれも病院には行きません。そんな時間があれば、レジャーランドやレストランに行って楽しんでます。

 以前には厚生大臣を歴任していた人なのに、わかってないんだあの人は・・・。

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2001年11月11日(日) 内藤耳鼻科のIT革命

 I.T(Internet Technology)革命と言われて久しい。
私が開業して10年近くになりますが、その頃から医療現場にもパソコンを中心とした様々な電子機器が登場してきました。処方箋のパソコンによる打ち出しは言うに及ばず、レントゲン写真の画像やその他検査結果、また最近ではカルテそのものを電子カルテと言ってパソコンに入れ込んでしまう方法が盛んに試みられています。

 病院には患者さんのカルテや各種データは5年間保存しておかなければならないという法律があります。しかし実際には5年たったからといってそれらを捨てるわけにもいかず、カルテやレントゲンフィルムはたまる一方です。省スペースと言う意味でもI.T化は有用と思われます。

 しかし私はこれが嫌いというか、ほとんどできません。医院にある医療用のパソコンはスタッフが管理していて、私はスイッチを入れたこともありません。実はこのホームページは中2の息子が作ったものです。ある時良いドメインが取れたと自慢しておりましたが、未だにその意味すらよくわからない状態なのです。インターネットのYahoo!で医療機関を検索すると色々なタイプのホームページが登場します。ここのホームページをどう管理していけばよいのか悩める日々です。

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2001年10月14日(日) 鎌ヶ谷駅東口完成

 当院の待合室からは、東武線鎌ヶ谷駅が目の前で、よく見渡せます。
今日、10月14日に新しい改札口が完成し、広場では完成記念のイベントなども開催されておりました。

 昭和40年代には、ここ東口一帯はちょっと気味の悪い林の中でした。駅には高架橋もなく、改札口を通れば3秒で電車に乗れるホームでした。今では、階段を駆け上がって電車に飛び乗ろうものなら、馬込沢に着いてもゼーハーゼーハーしてしまう有様です(年のせいもある)。どちらが便利なのかよくわからない事もありますが、とにかく立派にはなりました。東口と西口の行き来も簡単で、人の流れが変わりそうです。

 建設会社の社員をやめて、街造りに惚れ込んでしまったKAO(Kamagaya Amenity Organization)の会、事務局長・下田祥裕さんがニコニコしていました。

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2001年09月20日(木) ホームページアドレス

 当院の電話番号をご存じですか。3387、これでミミハナと呼んでいただこうというわけです。その他にも耳鼻科医院の電話番号としては、4187とか1133などを選んで楽しんでいる人もいます。
友人に3333という番号を持っている耳鼻科医がいます。相当耳に詳しい人物のように思われますが、そうでもなく本人は耳散々と読まれそうだ、と少し後悔しておりました。
ちなみに私専用の電話番号は3687(大学時代の研究テーマはハナでした。)。自宅の番号は3648です。先日車を買い換えた際のナンバープレートも3387にしてしまいました。

 ところで、当院のホームページアドレスのご感想はいかがですか!?